書体制作にはうってつけの雨。モニターの陰に隠れてカップ麺。文字をつくりまくる。雨はいい。

衝撃のラストからはや一ヶ月。『アルドノア・ゼロ』の多様なメディア展開を、主にグラフィックデザインの面から強力に推進した、有馬トモユキさんと瀬島卓也さんのインタビュー記事を公開した。「新しい形のコミュニケーションを設計したい」とまっすぐに語った有馬さん。「新しい王道とは、あとに続く人が出てくるということ」とさらりと言ってのけた瀬島さん。2014年に生まれたTP明朝が、2014年を舞台にしたTVアニメによって初めて多くの人の目にふれたことは、まったく想像していなかった展開だけに、私にとってはある意味衝撃のデビューであり、TP明朝にとっては、今まさに吹いている風を受けての船出となった。

インタビューのキーワードは、文句なしに「新しい王道」だろう。establishment(確立した体系)に正面から挑み、新たな例を提示しようという意気込みにおいて、大いに共感を覚えた。「新しい王道とは、あとに続く人が出てくるということ」に続く瀬島さんの言葉はこうだ。「そういう意味では、僕らのデザインが真似されるのは歓迎ですし、たくさんの人に追いかけてもらえることを願っています」

自動詞のestablishにはこんな意味がある。「植物が新しい場所に根づく、定着する」。新しい芽がたくさん育たねば、新しい風景がかたちづくられることはない。つまり、瀬島さんの発言は強がりではなく、あきらかに未来の風景に対する願望であると理解できる。

三時のおやつにバウムクーヘンとアールグレイの紅茶を頂く。ドイツとイギリスの組み合わせだが、すばらしく相性が良い。ひさしぶりに『カオスの自然学 Sensitive Chaos』を引っぱり出して読みはじめる。当方の気分がそうさせるのか、感応の度合いが非常によろしい。ダーシー・トムソンの『生物のかたち』が読みたくなってきた。ドイツロマン派と、スコットランド合理主義の食い合わせはいかに。

明け方ふわりと目が覚めて、文字のかたちと流れに関する着想を書き留める。おおかた寝るまえに読んだ本の影響だろう。午後から渋谷に出かけ、西武「廣川玉枝展 身体の系譜」を観る。キルラキルを地でいくような衣服へのアプローチ。人衣一体、生命繊維的世界観。古代と未来、西と東、手わざとテクノロジーが頭のなかを行き交う。

開発中フォントの字体の整合性をチェックする。ウエイト間で発生するデザイン上の差異や、書体間で異なる点画の扱いなど、複雑微妙な問題が少なくない。作業の合間に濱明朝体のデザインについてブレスト。どの的を狙うかに重点を置いて。ここに迷いがなければ、思い切り弓を引ける。

さまざまな種類の問い合わせに対して、適切な応答をひとつずつ考える。どれもおざなりにはできない。昼は外で味噌ラーメン。取材原稿の赤入れ。不明瞭な自分の発言を補正する。たまには切れの良い返答をしてみたいものだが、ふだんから自分の頭で考えて、言葉を蓄積しておかなければ、気の利いた発言がタイミングよく出るはずもなし。

文字界隈が活況を呈している。振り返ってみると、2010年に出版された『文字をつくる 9人の書体デザイナー』は、刊行当初こそ大きな話題にならなかったが、じわじわと評判が広がり、仙台や深圳など、思わぬところで若いデザイナーから声をかけられる場面が増えるようになったのはこの本によるところが大きい。著者の雪朱里さんは現在も、『デザインのひきだし』で連載している「もじ部」を通じて、書体デザイナーの現場の声を伝え続けている。真摯な取材姿勢と丁寧な筆致にはファンが多い。

雪さんの活動に先だって、フォントディレクターの紺野慎一さんとエディター宮後優子さんの旺盛な行動力と幅広い影響力も見過ごせない。タイプフェイスに注目する層の裾野を広げ、新たなネットワークの構築を推進してきたキーパーソンである。紺野さんは『ファウスト』を契機にして星海社の設立に尽力し、宮後さんは満を持して『Typography』誌を立ち上げ、バラエティに富んだフォント周りの話題を多くの読者に届けている。『アイデア』誌編集長の室賀さんについては簡単にまとめられそうにないので今はおく。

『+DESIGNING』が季刊雑誌としては休刊となり、次号から年2回のムックで発行されることになった。創刊号が丸ごと一冊「文字」特集のムックだったことを思えば、原点に戻る良い機会とも考えうる。あらためて創刊号を見てみると、書・レタリング・ロゴタイプ・フォントという、文字の表現形態を広く渉猟した上で、各テーマを掘り下げるという書籍なみの充実ぶりにおどろかされる。「この本がきっかけで書体に興味を持つようになった」とうちの若いスタッフから聞いて即座に納得した。『+DESIGNING』の創刊は2006年。文字ブームの先駆けをなす重要な出版物のひとつと言える。小さな記事だが、古賀弘幸さんがエクスクルーシブフォントの話題でAXIS Fontに触れてくれたことを思い出す。最新号に「文字と私」というテーマで小文を書かせて頂いたが、特集が「文字と組版」であることに、小林功二編集長 (創刊当時副編集長)の気概を感じたのは私だけではないだろう。

文字界隈がにぎわっているいあいだに、国内外でフォントベンダーの統廃合が一気に進んだ。今は一段落しているように見えるが、フリーフォントの需要拡大、簡易フォント制作ツールのリリース、定額サービスの需要限界、オープンソースフォントの台頭など、フォントメーカーを取り巻く状況は予断を許さない。文字界隈の盛況ぶりとフォントメーカーの苦況ぶり。このちぐはぐな状況について考え続けているが、たしかな答えが見いだせないでいる。ひとつ言えるのは、フォントメーカーの正念場はこれからだろうということである。

二つの書体のうち納期が先のものに人手が集中し、またもや書体制作を一人で進める局面に突入している。このままいくと、TP明朝よりもはるかに関与の度合いが大きくなりそうだ。今後のことを考えて、書体開発に関わるボリュームを減らすための具体策を練っておきたいところである。

明けがた寒くて目が覚めた。はちみつレモンをつくって飲む。開発中フォントのデザイン確認。理想的なリリースの仕方を考える。

「見る/読む」を知るためにさいきん読んだ本のなかで『プルーストとイカ』はかなりおもしろかった。本書のキーワードReadingには「読字」の和訳が当てられている。いずれ原書のほうも読んでみたい。

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