『TPスカイ開発ストーリー』第6回「TPスカイの構想と展望」(最終回)

 

TPスカイ開発ストーリー6-2

 

■まえがき
2ヶ月半にわたって書き継いできた「TPスカイ開発ストーリー」の最終回です。目線をすこし上にあげて、TPスカイの構想と展望について書いてみたいと思います。

はじめにTPスカイの開発方針を要約しておきます。

1. 澄明でクリアなデザイン
2. 画面表示に適した簡潔なアウトライン
3. 様々な状況に対応できる幅広いファミリー

そして、TPスカイの開発でチャレンジした課題は次の3点です。

・審美性と機能性をどのように両立するか
・サンセリフ体の品質をどこまで上げられるか
・抑揚サンセリフのカテゴリーを活性化する

■審美性と機能性をどうやって一体化するか
冒頭で要約した開発方針の1「澄明でクリアなデザイン」は審美性にあたり、2と3が機能性に関する方針になります。「澄明・簡潔」というデザインの方向性は、描画表現と機能的な効果を一体にしたことで、無理なく審美性と機能性の両立を果たしました。

 

あミドルM

 

■サンセリフ体の品質をどこまで上げられるか
なぜサンセリフ体の品質を上げる必要があるかといえば、サンセリフ体が丸裸の文字だからです。装飾がないサンセリフ系のフォントは、書体の骨格属性がむき出しになります。裏返して言えば、骨格とウエイトを整えることで簡素な美しさを直接に表現できる書体でもあります。サンセリフ体の品質を上げるのに必要な作業は、次の2点に集約できます。文字の太さおよび黒みを視覚的に揃えること。もうひとつは、カウンターをバランスよく按分することです。もちろん重心などの属性も大事ですが、ウエイトの調整とカウンターの按分に重点を置けば、確実に書体の品質を上げることができます。

 

あミドルR

 

品質向上という点では、ウエイトとコントラストの2軸をあつかうTPスカイは、ウエイトのみの調整に比べ、安定性を確保するのがひじょうにむずかしい書体でした。書体品質を向上させるために私たちがとった方策は、独自プログラムを開発することでした。デザイナーの感覚だけで作業を進めるのではなく、プログラムによって感覚のズレや見落としを補ったのです。たとえば、各ウエイトごとにストロークそれぞれの適切な許容値を設定し、その値から外れている文字を弾くなど、計測できる書体属性を洗い出し、理想的な値になっているかどうかをプログラムで調べました。最後はデザイナーの目で入念にチェックして、澄明でクリアなデザインを実現するために、半年以上を費やしてブラッシュアップの作業を繰り返しました。

 

あハイL

 

■抑揚サンセリフのカテゴリーを活性化する
欧米の大手フォントメーカーが公開している売れ筋フォントのランキングをみると、ここ10数年は、サンセリフ体が上位をほぼ独占しています。近年の傾向として興味深いのは、優れた欧文をつくる小規模なフォントメーカーから、ハイコントラスト系のサンセリフフォントが相次いでリリースされている点です。ふだん目にするフォントにサンセリフ体の占める割合が多くなり、それに飽きたらなくなったデザイナーが増え、抑揚をつけたサンセリフ体フォントに注目が集まっているのだとすれば、この流れはしばらく続くでしょう。

 

あハイEL

 

■TPスカイの展望
書体の作り手は、フォントという素材を提供する立場で、フォントの使い方は使い手に委ねるのが基本ですが、書体見本帳などでフォントの使用想定例を示すことがあります。下の例は、TPスカイの活用方法に関するタイププロジェクトからの提案です。
情報の階層化は、多くの場合、文字のサイズ差・ウエイト差、スタイル差(明朝 or ゴシックなど)によって図られます。下図のように、TPスカイのコントラスト軸を使い分けることで、これまでのセオリーとは異なる手法で情報の階層化をおこなうことができます。

 

デザイン戦略の要5同じウエイトで、コントラストの違いによって印象度に変化をつけた例
見出し:TPスカイ ハイコントラスト L 本文:TPスカイ ローコントラスト L

 

■最後に
日本語フォントのカテゴリーに、抑揚サンセリフ体が定着するかどうかは分かりません。ひとつ言えることは、スクリーン上のコミュニケーションが、今後もサンセリフ体を中心に進むとすれば、サンセリフ体の品質を上げることが視覚情報のクオリティを底上げする基盤になるということです。現状まだ手薄な日本語サンセリフのファミリーを充実させ、質の高いフォントを増やすことで、日本の UI/UXをより豊かで快適なものにする。タイププロジェクトはこれを重要な課題と考えています。

 

空の色TPスカイの「澄明な空」というコンセプトは、未来のスクリーンの比喩でもある

 

『TPスカイ開発ストーリー』は、予定どおりこの第6回をもっていったんお仕舞いです。長い文字語りにお付き合いいただきありがとうございました。この連載を締め括るのにふさわしい言葉を最後に記して筆をおきたいと思います。

「サンセリフ体は、書体の最終段階を表しているわけではない」カール・ゲルストナー
“sans serif does not represent the final stage”   Karl Gerstner (Designing Programmes 1964)

 

鈴木 功(タイププロジェクト・ディレクター)
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『TPスカイ開発ストーリー』第1回「フォントの開発背景と意図」
『TPスカイ開発ストーリー』第2回「フォント開発のきっかけと問いかけ」
『TPスカイ開発ストーリー』第3回「サインシステムの文字」
『TPスカイ開発ストーリー』第4回「書体の属性と書体デザイン」
『TPスカイ開発ストーリー』第5回「TPスカイの書体属性とデザイン」
TPスカイの製品紹介ページ

『TPスカイ開発ストーリー』第5回「TPスカイの書体属性とデザイン」

 

TPスカイ開発ストーリー5

 

■まえがき
前回は、書体の属性について書きました。これでTPスカイのデザインを説明するのに必要なキーワードは出揃ったはずですので、これらの属性を元にTPスカイのデザインを解説したいと思います。

■ 骨格属性
1. 字幅(ウィズス)
正方を基準としたTPスカイは、AXIS Fontでいうところのベーシックにあたります。TPスカイをカスタマイズした東京シティフォントは、90%の長体で設計しました。社内外での検証とフィードバックから、サインシステムのフォントとして十分な可読性を保持できるのは、90%程度までの長体率だということが分かりました。長体宋朝などの例外はありますが、コンデンス体の歴史をもたない日本語フォントで長体を自然に見せるのはむずかしく、同じ長体でも、長体を前提に設計されたフォントと、機械的に長体をかけたフォントの違いを見わけられる人が多いことから、理想的な字形に対する感覚は広く共有されていると考えられます。フォントに変形をかけてこと足れりという現状を変えるには、美しくて自然なコンデンス体をもっと増やさなければなりません。

 

練馬区石神井下段の東京シティフォントは90%の長体だが、犠牲になりがちな字間とカウンターを十分に確保している

 

2. 傾斜(スラント)
最小限のアンカーポイントとハンドルで描いているTPスカイは、機械的な変形による歪みが少なく、スラントでの使用にあるていどまで耐えうる設計になっています。日常のフォント観察から、斜体で使用するときのフォントとして、AXIS Fontが選択される率が高いことに気がつきました。簡素な筆画表現をおこなったAXIS Fontよりもさらに横画の水平化と縦画の垂直化を推し進めたのがTPスカイです。字幅の項で書いたことと矛盾するかもしれませんが、変形自在なデジタルフォントは、変形に対する強靭さも考慮に入れる必要があります。

 

スカイブルーの斜体に強いTPスカイのデザイン。速度感・爽快感・ライブ感の演出効果に用いることができる

 

3. ふところ(カウンター)
TPスカイのふところは、広くも狭くもない中庸の度合いで設計しました。下図左の「東」は、ふところが広いように感じるかもしれませんが、ふだん見慣れている書体でも、拡大すると想像以上に広いものです。右図のように、ふところを引き締めれば古典的な表情を出せる反面、小さいサイズではカウンターが窮屈になりがちです。TPスカイは、穏やかで親しみやすい表情を出すため、ふところのメリハリをつけすぎないようにしました。

 

ふところを引き締めたTPスカイ日本語書体の微妙なニュアンスを制御するふところ軸

 

4. 字面(レターフェイス)
TPスカイの字面率は、R (レギュラー) で92%です。スクリーン上で表示する文字のサイズが小さくなると、相対的に字間は狭く見えます。字間や行間をコントロールできないアプリケーションが少なくないため、全角で文字と文字が詰まって見えず、かつ空き過ぎない字面率を設定しました。ウエイトの3%違いはさほど影響ありませんが、字面率の3%は左右のスペースが3%ずつ減るため、字間は6%狭くなります。字面率は、テキストの疎密感・空気感を左右する重要な項目です。

 

字面率書体設計時に想定するフォントの主な使用サイズに基づいて、最適な字面率を設定する

 

5. 重心(センター)
文字の重心は、人間の体にたとえれば、へその位置にあたります。重心を低めにとれば安定感が増し、高めにすれば軽やかな印象を与えます。ただし、画数の多い漢字は、横画の位置を大きく変えることができません。そのため、画数の少ない漢字だけ重心を高くしてもほかの文字との釣り合いがとれず、かえって安定感を損ねます。TPスカイは、落ち着きのあるテキスト表現を重視し、書体全体を中庸な重心で一定に保つことに注力しました。

 

重心の位置重心の位置をわずかに低くしただけで書体の表情は変化する

 

6. 線質(カーブ)
はらいを直線的につくると厳しい表情になり、はらいのカーブを深くとると可愛らしい顔つきの書体になります。TPスカイはここでも中庸をとり、穏やかな線質のストロークで描いています。敏捷さを出すため、ストロークの曲率を浅めにして速度感と緊張感を失わないようにしました。

 

線質右はTPスカイのはらいを深くしたもの。ファンシーさが強調された表情になる

 

■ 筆画属性
7. 太さ(ウエイト)
ウエイトの安定性は、紙面や画面に落ち着きを与え、書体の品質を判断する重要な指標です。ストロークに抑揚をつけたコントラスト系のサンセリフ体は、ウエイトのバランスを保つのがむずかしいため、濃度調整を目的としたブラッシュアップにはかなりの時間を費やしました。太いウエイトでは、画線の太さとカウンターの配分に重点を置き、カウンターの面積が適切に按分されているか、ウエイトごとに入念なチェックと修正をおこなっています。

 

ウエイトウエイトの品質を確認するテストシート。確認と修正を繰り返し、徐々に品質を上げていく

 

8. 線率(コントラスト)
日本語サンセリフの歴史は浅く、抑揚のあるサンセリフ体にはまだ定まったカテゴリー名がありません。TPスカイの説明には、抑揚サンセリフ体という名称を使っていますが、タイポス系の書体にコントラスト体というカテゴリー名が提唱されたこともあります。通常ウエイトは、テキストの濃度や見出しの強調度によって選択されます。これに対して、コントラスト軸は、微妙な濃度や印象度をコントロールしたり、スクリーン上での読みやすさを調節する軸として活用できます。

 

コントラスト3同じウエイトでもコントラストを変えると異なる効果が得られる

 

9. 先端形状(セリフ)
AXIS Fontをゴシック体と呼ばず、サンセリフの名称を用いるようにしてきたのは、明朝体とゴシック体に続く書体として、サンセリフ体に新たな可能性の芽を見ていたからです。1900年代初頭の見出し広告を出自とする日本のゴシック体は、強調を主たる役割としてきました。ゴシック体とサンセリフ体は、同じ等線体のカテゴリーに属しますが、強調表現が得意なゴシック体と、フラットな表現が持ち味のサンセリフ体は、機能面からいえば異なる路線にあるといえます。

10. 細部(ディテール)
主にストローク先端部の角を丸めたり立てたりするなどして、書体にニュアンスをつけるための処理を指しますが、TPスカイは、サンセリフの原義通りまったく飾りのないフォントです。AXIS Fontを印刷用サンセリフのニュートラルに位置づけるとすれば、TPスカイは、表示用サンセリフのニュートラルに照準を合わせました。視覚情報の認知負荷を軽減し、コミュニケーションを促進するフォントの拡充は、オンスクリーン環境において重要な課題です。その解決提案として開発したのが、このTPスカイファミリーです。

 

先端形状(スカイファミリー) TPスカイファミリー15フォント。3コントラストと縦軸に5ウエイト。上からEL, L, R, M, B

 

今回は、書体属性を元にTPスカイのデザインを掘り下げて説明しました。当然のことながら、分析的な方法だけで良いフォントはできませんが、目的や用途を起点として書体属性の最適値を割り出し、フォントの有効性を高めるアプローチには潜在的な可能性が少なくありません。ソリューション視点でいえば、明朝体やゴシック体など書体の様式まずありきではなく、固有の課題に対して有効な書体のあり方を検討し、書体の方向性とスタイルを決めたほうがフォントの適合性は高まります。

次回は、TPスカイの構想と展望について書いてみたいと思います。2ヶ月半の連載『TPスカイ開発ストーリー』の最終回です。

 

『TPスカイ開発ストーリー』第4回「書体の属性と書体デザイン」

 

TPスカイ開発ストーリー4

 

■まえがき
3回にわたって書体の開発背景を中心に話を進めてきましたが、今回は書体デザインの基本について書いてみたいと思います。まず、書体設計に関連する属性がどれくらいあるか見てみましょう。

1. 字幅(ウィズス)
2. 傾斜(スラント)
3. ふところ(カウンター)
4. 字面(レターフェイス)
5. 重心(センター)
6. 線質(カーブ)
7. 太さ(ウエイト)
8. 線率(コントラスト)
9. 先端形状(セリフ)
10. 細部(ディテール)

1~6は主に骨格(ストラクチャー)に関する属性で、7~10は筆画(ストローク)に関する属性です。これらの属性をどのように制御するかで漢字のデザインはあらかた決まります。骨格と筆画を分けて書体を論じるむずかしさはありますが、書体デザインのポイントを整理して、フォントを見るときの手がかりになればと考え、たたき台として公開することにしました。

■ 骨格属性
1. 字幅(ウィズス)
縦長の隷書と横長の篆書。書体本来の縦横比を逆転させると認識にずれが生じ、書体のイメージが損なわれます。このことから、字幅の属性は(特に歴史的な書体の場合)、書体を特徴づける重要な要素になっていることが分かります。現代日本の二大書体は明朝体とゴシック体ですが、そのほとんどは、金属活字を由来とする正方枠を基準に設計されています。そのため日本語フォントは、正方を規矩とした書体デザインが中心になっています。長体の明朝体に抵抗を感じる人が多いのは、歴史的な規範性が高い書体の字幅に、視覚的な習慣性が強く作用することを示唆しています。

2. 傾斜(スラント)
欧文のイタリック体には、正書法として認められた一定の役割がありますが、日本語フォントの斜体にはありません。ただし、右に傾けた日本語フォントに通用的な意味合いを見いだすことはできます。広告などでよく用いられるスピード感の表現としての斜体がそれです。垂直軸の傾斜とは別に、横画が右上りになっている書体があります。楷書や宋朝体や教科書体など、正統派の歴史的書体がそなえている特徴です。手書きに近い右上りは、文字に自然な動勢を与えます。縦軸を傾けたイタリック体と対照をなす書体表現ですが、これは書字方向と書写用具によって生じた違いといえるでしょう。実用性と審美的な判断がこれを定着させたと考えられます。関連用語:オブリーク

3. ふところ(カウンター)
「京」の口にあたる部分などを指して「ふところ」と呼びます。ここを引き締めた文字を「ふところが狭い」と表現し、欧文では、カウンターがこれに近い概念にあたります。カウンターの大きさが字幅に直接影響する欧文と違い、漢字は字幅を変えずにふところを狭めたり広げたりすることができます。入れ子構造を持つ漢字ならではの書体表現です。ふところの属性は、字幅ほど分かりやすくありませんが、書体の印象を変える重要な要素になっています。たとえば、ふところを狭くすると緊張感が高まり、ふところを広くするとおおらかさが出たり幼い表情になったりします。ふところを広くとれば、文字の内部空間を明るくできますが、そのぶん文字と文字のあいだがきゅうくつになります。ふところと字間、フォルムとカウンターフォルムは、二項対立的な表裏一体の関係にあります。縦組みの場合(特にひらがな)は、ふところや抑揚の変化が大きいほうが読みやすいと感じる読書層が多数を占めていることを念頭に置いて書体設計をおこなう必要があります。

4. 字面(レターフェイス)
活字の物理的な正方枠をボディと呼び、ボディよりひと回り小さい、文字の字面(じづら)を収める枠を字面枠と呼びます。字面枠の大きさはフォントごとに異なります。漢字の字面は、ボディに対しておおよそ90~95%です。仮名は自由度が高いため、文字によってかなりばらつきがありますが、おおよそ75~85%ていどに収めます。このパーセンテージが字面率です。漢字と仮名の字面率の差は、書体の印象や読み心地を左右します。慣れや好みにもよりますが、縦組みと横組みでは、漢字と仮名の字面比率を変えたほうが読みやすくなります。字面率はフォントごとに異なり、同じサイズを指定しても、視覚的な文字のサイズ感はまったく違うので注意が必要です。欧文の場合は、小文字の大きさに気をつけるとよいでしょう。

5. 重心(センター)
重心の低い書体はどっしり見え、重心が高い書体は軽快な感じを与えます。漢字は上下方向に空間を按配する余地が少ないため、字幅のレンジほど可動域は広くありません。しかし、重心の移動が書体の印象を左右するのもたしかで、わずかに重心を下げただけでも安定感が増したり、逆に重心を高くして軽やかな空気を演出することもできます。重心を上げるにしても下げるにしても、高さを一定に保ったほうが落ち着きが感じられます。ふところの狭い書体は、重心を高めにすると自然に見えます。これは、楷書の規範性がふところと重心の二属性に同時に作用するからです。関連用語:寄り引き

6. 線質(カーブ)
てんやはらいなど、曲線系のストロークが直線に近い書体は、かたくてきびしい表情になります。逆に、ストロークを深くすると、ゆったりしたやわらかい表情の書体になります。本文用の書体は、曲直の差をあまりつけず、おさえた表現をとることが多いです。一方、線質を制御することで書体に端正な表情を与えたり、かわいらしい雰囲気の書体にすることもできます。線質は、変化をつける余地は大きくありませんが、書体の性格をコントロールできる属性の一つです。 線質の曲直は、硬軟・遅速の表現にも用いることができます。関連用語:曲率

■ 筆画属性
7. 太さ(ウエイト)
ウエイトは、画線の太さ、もしくは書体の濃度や明るさを表します。書体ファミリーの軸のなかではもっともポピュラーな属性です。画線の細いフォントをライト、太いものをボールドやヘビーと呼びます。細いウエイトでは、画線の太さが同じに見えるよう整えることが大事で、画線の構成と空間の配分に主眼が置かれます。太いウエイトをつくるときは、文字の黒みを視覚的に揃え、カウンターの面積を一定に保ちながら、画線と画線の間が狭くなりすぎないよう気をつけます。細いウエイトが線を主体にしたデザインだとすれば、太いウエイトは面を主体にしたデザインになります。漢字は、文字によって画数が大きく異なるため、濃度を一定に見えるようにつくるのがむずかしい点です。ライトからミディアムあたりまでのウエイトは、漢字の70~80%を数値で管理することができますが、残りの2,3割は、視覚を頼りに、繰り返し微調整を行う必要があります。フラットさを持ち味とするサンセリフ体は、筆書系のフォントよりウエイトのばらつきが目立つため、太さや黒みのバランスには、細心を注意を払わなければなりません。

8. 線率(コントラスト)
縦画と横画の太さの比率を指します。書体デザインの文脈では、縦画と横画の太さ(欧文ではステムとバー)が大きく異なるとき「コントラストが高い」と表現します。横太明朝は例外になりますが、はらいやてんの先端は、横画の太さと連動させます。先端とコントラストが高いのが明朝体の特徴で、特に見出し明朝ではコントラストが高くなります。逆に、コントラストが低いのがゴシック体の特徴で、古い地図に使われている細いサンセリフ体は「等線体」と呼ばれています。コントラストを高くすることで優雅さを演出することができますが、コントラストをつけすぎるとバランスが崩れ、不自然な印象を与えます。ストロークの抑揚に自然さをもたらす根拠は、楷書の歴史とその規範性・正統性にあると考えられます。関連用語:抑揚、メリハリ

9. 先端形状(セリフ)
ここでは漢字の始筆と終筆を指します。明朝体を特徴づける横画終端のウロコや隷書の波磔など、筆画の終端に書体の個性が凝縮されるのは興味深いところです。ストロークの角をエッジにすれば鋭い印象が生じ、丸めればソフトな仕上がりになります。筆画先端部の軽いアクセントを「角立て」といいます。デジタルフォントに見られる角立ては、活版時代に種字彫刻で生じた刀の跡を模したもの、もしくは、印刷時に先端部を目立たせる処理と考えられます。写真植字が書体のデザインに取り入れ、デジタルフォントへと継承された表現方法です。欧文ではセリフの有無がもっとも基本的な分類項目で、セリフの形状だけでも、スラブ、ウェッジ、ブランケット、ヘアライン、ラウンデッド、カップドなどさまざまな名称があります。文字先端部の形は、筆や鑿など文字を記す道具の個性が現れやすい部分で、文字を書くときの人間の意識が先端と終端に集中するからにほかなりません。また、視覚特性と認知の仕組みがこれに与かっている可能性もあります。

10. 細部(ディテール)
縦画にわずかな抑揚をつけたり、横画の下部を強めに反らせたりするなど、書体のニュアンスを表現する項目として最後に置きました。数値化が困難な、だからこそ大切な、目指す書体の達成度を上げるのに欠かせないのが細部への意識です。木を見て森を見ずではいけませんが、上記9項目すべてに、細部に対するのと同様の意識を傾ければ、まちがいなく書体の品質は上がります。快適な読みをもたらす安定した書体は、地道な改善作業と合理的な開発システムが欠かせません。

以上、書体の属性についてひと通り解説を行いました。暫定的な内容ですので、今後も改訂作業をおこなう必要があるでしょう。属性とその働きを言語化することで、書体デザインの将来に資するところがあれば幸いです。次回は、この属性分類をベースに、TPスカイのデザインを解説したいと思います。
第5回へ

 

『TPスカイ開発ストーリー』第3回「サインシステムの文字」

 

TPスカイ開発ストーリー3

 

■まえがき
2014年にTP明朝のファミリーをリリースしたあと、書体デザイナー2名とエンジニアが加わり、ついにTPスカイの開発態勢が整いました。この時点ですでに8年が経過しています。順調に制作が進み始めていた2014年の暮れごろ、日本デザインセンターの色部義昭さんから連絡が入りました。新しい街区表示板を提案するにあたって、都市フォントの文脈で新しいフォントを提供してもらえないか。そのような主旨のお話でした。

色部さんの提案内容は、都市フォントの文脈にあるだけでなく、案内表示における文字というTPスカイの課題に合致していたため、すぐに快諾しました。このような経緯でTPスカイは、街区表示板用にカスタマイズした「東京シティフォント」としてお披露目することになったのです。

 

銀座7丁目7色部さんが新たに提案した街区表示版と東京シティフォント

 

■サインシステムが抱える問題
日本におけるサインシステムの位置づけと関心の低さは多くの人が指摘するところです。海外の駅や空港で、整理された美しい案内表示を見て初めてサインシステムを意識した人も少なくないでしょう。ヨーロッパの伝統ある都市で暮らす人々は、文化的な素養に裏付けられたデザイン意識を持っていることが多いため、公共デザインに向ける目もしぜん厳しいものになります。公共に対する意識が薄い日本で、すぐれたデザインが出にくいのは当然かもしれません。

もちろんコストの問題もあります。導線設計をはじめ目に見えにくい課題が多いため、根本的な解決をおこなうには膨大な資金が必要です。広く社会で案内表示の重要性が認識され、そこに十分な予算と時間が配分されないかぎり、日本の公共サインが良くなる可能性はきわめて低いと言わざるをえません。しかも現在は、スマートフォンが道案内をしてくれるため、公共サインの存在意義はますます揺らいでいます。公共空間に設置されたサインシステムをエリア利用客とのタッチポイントと考え、ルート情報を分かりやすく提示するだけでなく、新たな利用価値を加えつつ景観に寄与する存在であることが求められます。

■サインシステムに適した文字とは
では、そのようなサインに求められる文字の条件とは何でしょう。見つけやすい文字、分かりやすい文字、目立つ文字、大きい文字、太い文字、つぶれない文字。もちろん答えはひとつではありません。この問題を考えるときに外せないのがデジタルサイネージの動向です。都市部の駅を中心に、デジタルサイネージが普及したことによって、情報の更新性は飛躍的に向上しました。その一方で、視覚情報に動きの次元が加わったことで、騒がしさの度合いが高まったのも事実です。とりわけ公共の文字は、広告的な視覚要素とどう棲みわけ、また共存するかを考えなければなりません。

近年の傾向としてもう一点。駅構内への商業施設の出店、いわゆる駅ナカの発展があります。経済効果に対する期待から、公共空間に商業施設が入っていく流れはいぜん盛んです。公共空間の商業化によって広告の文字と案内の文字が入り乱れ、視覚情報が飛び交うなかを歩行者は行き来するようになり、日々の認知負荷は増大する一方です。さらに現在は、訪日外国人に配慮した多言語表記という課題が加わり、視覚環境の問題をいっそう複雑なものにしています。そうした状況で案内の文字が広告の文字と競い合ったらどうなるでしょう。混乱したサインシステム、動的な文字表示、公共空間と商業施設の複合化など、視覚情報が騒音化する要件には事欠きません。

■サインシステム用書体の方向性
澄んだ声、よくひびく声、聞きとりやすい声。書体のありようを声になぞらえてみる。雑踏でもよく通る声(のような文字)、小さくても聞きとりやすい声(のような文字)、控えめでも凛とひびく声(のような文字)。耳と目、ふたつの感覚器官を通じて音声と図形が重なり意味をなす。文字に意味以外の情報をのせて意味を強めたり、視覚的なことばに情緒を与えるのが「書体」です。大きな声で目立たせる広告の文字とは一線を画す、澄んだ声のような書体。めざす書体の方向をこのように定めました。

 

TypeIsFace10年前から掲げているタイププロジェクトのスローガン「書体は顔であり、声である」

 

『TPスカイ開発ストーリー』第3回「サインシステムの文字」は以上です。次回は、TPスカイのデザインを解説する前段として、タイプデザインの仕様を考える際に用いる「書体の属性」について解説する予定です。
第4回へ

 

 

『TPスカイ開発ストーリー』第2回「フォント開発のきっかけと問いかけ」

■まえがき
書体開発の背景分析には客観的な視点が必要ですが、プロジェクトの立ち上げには関係者の強い思いが必要です。『TPスカイ開発ストーリー』の2回目は、フォント開発の契機と動機について書くことにしました。まずは、TPスカイを語るうえで外すことのできない、AXIS Fontのエピソードから入りたいと思います。

 

TPスカイ開発ストーリー2

 

■西武鉄道のサインシステム
西武池袋線の駅名表示にAXIS Fontが使われているのを知ったのは5年ほどまえのことです。意外に思われるかもしれませんが、フォントを使っている人から、あなたがつくったフォントをこんなふうに使いましたよと連絡がくることはまずありません。フォントが使われているのをぐうぜん見かけて知るのがほとんどです。フォントを選んだ人を特定するのはむずかしく、西武鉄道にAXIS Fontが導入された経緯も調べてみましたが、まだ有効な情報を得られずにいます。

私が西武線で最初にAXIS Fontを見たのは、駅舎のリノベーションを終えた石神井公園駅のサインでした。数年かけて西武鉄道全線の駅に展開されたようです。AXIS Fontは、駅名表示や路線図だけでなく、西武鉄道のブランドコミュニケーション用ポスターにも使われています。ブランディングを意識したフォントの選定と、媒体を超えた活用をおこなっている鉄道会社は、日本ではかなり稀といえます。

西武池袋線沿線で暮らしてきた私にとって、AXIS Fontが導入されたことはとてもうれしい出来事でした。加えて、公共性の高い場所でフォントを観察する機会が格段に増え、新たな発見にもつながりました。開かれた空間に文字が置かれたことで、雑誌で見るときとは違った目線でAXIS Fontを意識するようになったのです。この「開かれた」には2つの意味があります。ひとつは屋外という開かれた空間という意味で、もうひとつは公共に開かれた場所という意味です。いずれもAXIS Fontをデザインしたときの条件とは異なります。

 

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■雑誌のフォント、駅舎のフォント
雑誌用に設計したAXIS Fontは、主な用途としてテキストを想定しています。小さいサイズで長い文章を組んだときに読みやすい仕様を採用しました。いっぽう駅名表示は、地名という短い文字列を大きなサイズで扱います。雑誌と駅舎ではフォントの使用状況が異なるため、最初は少しとまどいもありました。しかしAXIS Fontは、案内表示の文字としてじゅうぶん役割を果たし、今ではサインシステムの定番フォントの1つとして様々なところで使われています。
肥薩おれんじ鉄道
勝どきビュータワー
としまエコミューゼタウン

 

西武鉄道サインシステムへの導入をきっかけに、私の問題意識は「案内表示における文字のあり方」に傾きはじめ、しだいにその意識が先鋭化していきました。それは、エクスクルーシブフォント (専用フォント) のアイデアを得たあと、徐々に課題を具体化していった結果、AXIS Fontにたどりついた道すじと似ています。

 

Shakujii_sign2

 

■観察と気づき
「案内表示の文字」というテーマにとりつかれて以来、どこへいっても電車の待ち時間に文字を観察するようになりました。観察する対象が重なっていた都市フォント構想を同時期に進めていたのは好都合でした。いまにして思えば、都市フォントとTPスカイは、意識の底でひびきあっていたような気がします。

鉄道で使用される文字には共通の課題がありました。駅名表示に使われているフォントと路線案内図で使われているフォントが違っていたり、車内の案内表示とプラットフォームの案内表示でフォントが異なるなどの矛盾がそこかしこで発生していました。従来から取りざたされているこの状況は、書体デザインで解決できる問題ではありません。

書体デザイナーの視点で気づいたこともあります。それは、ゴシック体に偏重したフォント選びです。判読性の高さでゴシック体を選ぶのは無難ですが、駅名表示で大きく使われる文字を見るにつけ、文字の魅力が足りないのではと感じることが少なくありませんでした。しかるべき判読性を確保した文字が一定以上のサイズで使用されるとき、文字それ自体の魅力が問われるという気づきは、案内表示の文字を考える上で意味のある収穫でした。UDフォントなども使いかたを誤れば、読みやすさと美しさが大きく損なわれます。使用する文字サイズと書体のデザインは、つねに密接な関係にあるのです。

 

HamaMin 濱明朝のヘッドラインとディスプレイは、見出しでの使用を前提に横画を極限まで細めている

 

■問いを立てる
一連の思考過程を経て「必要十分以上の判読性を確保した上で、文字の魅力を上げるにはどうしたらいいのか」という問いを立てました。駅名を表示する文字は単なる識別記号ではなく、各路線のアイデンティティを表現する重要な視覚要素であり、地名を表す表札としての役割を担っています。ここは、都市フォントのアプローチが有効なところですし、利用者の視点で見れば、ローカル鉄道の表情ゆたかな文字にもヒントがありそうです。

案内表示の文字は、日々ユーザーが目にし、長いあいだ使われつづける文字だからこそ、腰をすえて取り組む価値があるはずです。その優れた手本として、2016年に100周年を迎えたロンドンの地下鉄書体Johnston Sansがあります。私は、案内表示の文字を将来に向けた課題として捉え、新しい書体で応えることに意義を見いだしました。

 

londonMagnetロンドン交通博物館のみやげもの。地下鉄書体Johnston Sansのマグネット

 

第2回「フォント開発のきっかけと問いかけ」は以上です。新たな気づきと問題意識の目覚めから、書体開発をおこなう意義を見いだすまでの過程をたどってみました。次回は、サインシステムとフォントのあり方について書いてみたいと思います。
第3回へ

 

『TPスカイ開発ストーリー』第1回「フォントの開発背景と意図」

■まえがき
TPスカイをリリースしてまもなく1年になります。認知・普及はまだこれからですが、これを機にフォントの開発背景と意図、そして書体デザインについて少し踏み込んだ解説をおこなうことにしました。

日本語フォントは、標準的な文字セットでも約1万字が必要で、制作開始から完成までにおよそ3年ほどかかります。TPスカイは、書体ファミリーが大きい上に紆余曲折あり、最後に品質を磨く工程に時間をかけたため、完成までに12年を要しました。なぜ品質向上に力を注いだのかは、この連載で明らかにするつもりです(全6回)。

 

TPスカイ開発ストーリー

TPスカイの「すっきり感」がきわだつハイコントラストのEL

 

■次世代フォントを考える
TPスカイの原型にあたるフォントの開発概要を社内で発表したのは2006年のことです。ちょうどAXISコンデンスのデザインが終わったころでした。印刷用のフォントが充実する一方で、業界全体を見わたしても表示用フォントへの取り組みが手薄なままだったので、これはなんとかしなければと感じていました。

さいきん広告の見出しやサインシステムで使われる機会が増えてきたAXISコンデンスも、想定していた用途は、小さな画面にたくさんの文字を表示することでした。読みやすさを損ねないよう、漢字の字幅は仮名より広めに設定してあります。

スクリーンに多くの

TPスカイに話を戻します。タイププロジェクトの内部で発表したTPスカイの提案書の書き出しは次の通りです。

次世代フォントのあり方:背景
1. スクリーン上で見る・読む文字情報の増加
2. 多種多様なデバイス、ディスプレイの登場
3. 機能性と品質に対する高いレベルでの要求

オーソドックスな時代認識だと思いますが、この提案をおこなった10年後の今も、表示を前提としたフォントの開発が立ち遅れている状況は変わっていません。AXIS Fontは、もともと紙媒体がターゲットでしたので、画面表示用のフォントに正面から取り組まなければと考えて、意気込んでつくった提案書です。

 

初期資料

 

上の資料は、2007年に制作したTPスカイのプロトタイプです。写真中央に見える「TSフォント」の文字は、TPスカイの開発名です。TSは「Tapered Sans serif」の略で、書体の様式を指す「先細のサンセリフ」をコードネームにしました。ストロークの抑揚は、TPスカイのアイデンティティでもあります。
AXIS FontとTPスカイは、日本語フォントのファミリー概念を拡張するとともに、日本語サンセリフ書体の可能性を示すという意思によって貫かれています。

 

■TPスカイとTP明朝
2014年にリリースしたTP明朝は、TPスカイと同じくスクリーン適性の向上を課題に、横組みに特化してデザインした明朝体です。TP明朝に着手した2010年あたりは、ちょうどスクリーンにおける日本語タイポグラフィのあり方を見直す機運が高まっていたころで、TP明朝のプロトタイプを発表したのも「オンスクリーン・タイポグラフィを考える」のセミナーでした。
そのときの発表で、TP明朝の「コントラスト」という概念に想像以上に大きな期待が集まり、開発を本格化することにしたのです。

TP明朝のデザイン方針を固めたあと、若手チームに漢字の制作を任せ、私はTPスカイの開発を続行することにしました。コントラストの軸は、オンスクリーンで横画がとびやすい明朝体の問題や、横画が太くて漢字がつぶれがちなゴシック体の欠点を補完する機能があります。
TP明朝とTPスカイは、画面表示用のフォントとして有意なコントラスト軸を、日本語フォントのファミリーに明確に位置づけることを意図しました。

 

ファミリー

 

画面表示に適したフォントに必要な条件を次のように設定しました。これは先に掲げた「次世代フォントのあり方」の1から3にそれぞれ対応しています。

1. 明瞭性(視認性の高い文字デザイン)
2. 柔軟性(多様な状況に適応できるファミリー)
3. 簡潔性(制御点の少なさ=フォントサイズの軽さ=表示の速さ)

いずれの項目も、文字情報を取得する際の「認知負荷の軽減」を目標にしています。スクリーン上の文字を読む時間が増加している現代社会において、文字情報の認知負荷を減らすことは喫緊の課題です。

TPスカイは、画線の太さと文字の内部空間とのバランスを追求することで明瞭性を確保し、アンカーポイントとハンドルの数を最小限に抑えることで表示速度の最大化を目ざしました。
簡素で滑らかなストローク表現を持ち味とするベジェ曲線の長所を活かし、スクリーンに適した文字を提供する。これらの方針は、タイププロジェクトのフォントに共通する基本スタンスです。

 

あ空TPスカイのミドルコントラスト L。書体ファミリーのコンセプトは「澄みわたる空」

 

『TPスカイ開発ストーリー』の1回目は、フォントの開発背景と意図について概説しました。次回は、フォント開発のきっかけとモチベーションについて書く予定です。
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