『TPスカイ開発ストーリー』第4回「書体の属性と書体デザイン」
■まえがき
3回にわたって書体の開発背景を中心に話を進めてきましたが、今回は書体デザインの基本について書いてみたいと思います。まず、書体設計に関連する属性がどれくらいあるか見てみましょう。
1. 字幅(ウィズス)
2. 傾斜(スラント)
3. ふところ(カウンター)
4. 字面(レターフェイス)
5. 重心(センター)
6. 線質(カーブ)
7. 太さ(ウエイト)
8. 線率(コントラスト)
9. 先端形状(セリフ)
10. 細部(ディテール)
1~6は主に骨格(ストラクチャー)に関する属性で、7~10は筆画(ストローク)に関する属性です。これらの属性をどのように制御するかで漢字のデザインはあらかた決まります。骨格と筆画を分けて書体を論じるむずかしさはありますが、書体デザインのポイントを整理して、フォントを見るときの手がかりになればと考え、たたき台として公開することにしました。
■ 骨格属性
1. 字幅(ウィズス)
縦長の隷書と横長の篆書。書体本来の縦横比を逆転させると認識にずれが生じ、書体のイメージが損なわれます。このことから、字幅の属性は(特に歴史的な書体の場合)、書体を特徴づける重要な要素になっていることが分かります。現代日本の二大書体は明朝体とゴシック体ですが、そのほとんどは、金属活字を由来とする正方枠を基準に設計されています。そのため日本語フォントは、正方を規矩とした書体デザインが中心になっています。長体の明朝体に抵抗を感じる人が多いのは、歴史的な規範性が高い書体の字幅に、視覚的な習慣性が強く作用することを示唆しています。
2. 傾斜(スラント)
欧文のイタリック体には、正書法として認められた一定の役割がありますが、日本語フォントの斜体にはありません。ただし、右に傾けた日本語フォントに通用的な意味合いを見いだすことはできます。広告などでよく用いられるスピード感の表現としての斜体がそれです。垂直軸の傾斜とは別に、横画が右上りになっている書体があります。楷書や宋朝体や教科書体など、正統派の歴史的書体がそなえている特徴です。手書きに近い右上りは、文字に自然な動勢を与えます。縦軸を傾けたイタリック体と対照をなす書体表現ですが、これは書字方向と書写用具によって生じた違いといえるでしょう。実用性と審美的な判断がこれを定着させたと考えられます。関連用語:オブリーク
3. ふところ(カウンター)
「京」の口にあたる部分などを指して「ふところ」と呼びます。ここを引き締めた文字を「ふところが狭い」と表現し、欧文では、カウンターがこれに近い概念にあたります。カウンターの大きさが字幅に直接影響する欧文と違い、漢字は字幅を変えずにふところを狭めたり広げたりすることができます。入れ子構造を持つ漢字ならではの書体表現です。ふところの属性は、字幅ほど分かりやすくありませんが、書体の印象を変える重要な要素になっています。たとえば、ふところを狭くすると緊張感が高まり、ふところを広くするとおおらかさが出たり幼い表情になったりします。ふところを広くとれば、文字の内部空間を明るくできますが、そのぶん文字と文字のあいだがきゅうくつになります。ふところと字間、フォルムとカウンターフォルムは、二項対立的な表裏一体の関係にあります。縦組みの場合(特にひらがな)は、ふところや抑揚の変化が大きいほうが読みやすいと感じる読書層が多数を占めていることを念頭に置いて書体設計をおこなう必要があります。
4. 字面(レターフェイス)
活字の物理的な正方枠をボディと呼び、ボディよりひと回り小さい、文字の字面(じづら)を収める枠を字面枠と呼びます。字面枠の大きさはフォントごとに異なります。漢字の字面は、ボディに対しておおよそ90~95%です。仮名は自由度が高いため、文字によってかなりばらつきがありますが、おおよそ75~85%ていどに収めます。このパーセンテージが字面率です。漢字と仮名の字面率の差は、書体の印象や読み心地を左右します。慣れや好みにもよりますが、縦組みと横組みでは、漢字と仮名の字面比率を変えたほうが読みやすくなります。字面率はフォントごとに異なり、同じサイズを指定しても、視覚的な文字のサイズ感はまったく違うので注意が必要です。欧文の場合は、小文字の大きさに気をつけるとよいでしょう。
5. 重心(センター)
重心の低い書体はどっしり見え、重心が高い書体は軽快な感じを与えます。漢字は上下方向に空間を按配する余地が少ないため、字幅のレンジほど可動域は広くありません。しかし、重心の移動が書体の印象を左右するのもたしかで、わずかに重心を下げただけでも安定感が増したり、逆に重心を高くして軽やかな空気を演出することもできます。重心を上げるにしても下げるにしても、高さを一定に保ったほうが落ち着きが感じられます。ふところの狭い書体は、重心を高めにすると自然に見えます。これは、楷書の規範性がふところと重心の二属性に同時に作用するからです。関連用語:寄り引き
6. 線質(カーブ)
てんやはらいなど、曲線系のストロークが直線に近い書体は、かたくてきびしい表情になります。逆に、ストロークを深くすると、ゆったりしたやわらかい表情の書体になります。本文用の書体は、曲直の差をあまりつけず、おさえた表現をとることが多いです。一方、線質を制御することで書体に端正な表情を与えたり、かわいらしい雰囲気の書体にすることもできます。線質は、変化をつける余地は大きくありませんが、書体の性格をコントロールできる属性の一つです。 線質の曲直は、硬軟・遅速の表現にも用いることができます。関連用語:曲率
■ 筆画属性
7. 太さ(ウエイト)
ウエイトは、画線の太さ、もしくは書体の濃度や明るさを表します。書体ファミリーの軸のなかではもっともポピュラーな属性です。画線の細いフォントをライト、太いものをボールドやヘビーと呼びます。細いウエイトでは、画線の太さが同じに見えるよう整えることが大事で、画線の構成と空間の配分に主眼が置かれます。太いウエイトをつくるときは、文字の黒みを視覚的に揃え、カウンターの面積を一定に保ちながら、画線と画線の間が狭くなりすぎないよう気をつけます。細いウエイトが線を主体にしたデザインだとすれば、太いウエイトは面を主体にしたデザインになります。漢字は、文字によって画数が大きく異なるため、濃度を一定に見えるようにつくるのがむずかしい点です。ライトからミディアムあたりまでのウエイトは、漢字の70~80%を数値で管理することができますが、残りの2,3割は、視覚を頼りに、繰り返し微調整を行う必要があります。フラットさを持ち味とするサンセリフ体は、筆書系のフォントよりウエイトのばらつきが目立つため、太さや黒みのバランスには、細心を注意を払わなければなりません。
8. 線率(コントラスト)
縦画と横画の太さの比率を指します。書体デザインの文脈では、縦画と横画の太さ(欧文ではステムとバー)が大きく異なるとき「コントラストが高い」と表現します。横太明朝は例外になりますが、はらいやてんの先端は、横画の太さと連動させます。先端とコントラストが高いのが明朝体の特徴で、特に見出し明朝ではコントラストが高くなります。逆に、コントラストが低いのがゴシック体の特徴で、古い地図に使われている細いサンセリフ体は「等線体」と呼ばれています。コントラストを高くすることで優雅さを演出することができますが、コントラストをつけすぎるとバランスが崩れ、不自然な印象を与えます。ストロークの抑揚に自然さをもたらす根拠は、楷書の歴史とその規範性・正統性にあると考えられます。関連用語:抑揚、メリハリ
9. 先端形状(セリフ)
ここでは漢字の始筆と終筆を指します。明朝体を特徴づける横画終端のウロコや隷書の波磔など、筆画の終端に書体の個性が凝縮されるのは興味深いところです。ストロークの角をエッジにすれば鋭い印象が生じ、丸めればソフトな仕上がりになります。筆画先端部の軽いアクセントを「角立て」といいます。デジタルフォントに見られる角立ては、活版時代に種字彫刻で生じた刀の跡を模したもの、もしくは、印刷時に先端部を目立たせる処理と考えられます。写真植字が書体のデザインに取り入れ、デジタルフォントへと継承された表現方法です。欧文ではセリフの有無がもっとも基本的な分類項目で、セリフの形状だけでも、スラブ、ウェッジ、ブランケット、ヘアライン、ラウンデッド、カップドなどさまざまな名称があります。文字先端部の形は、筆や鑿など文字を記す道具の個性が現れやすい部分で、文字を書くときの人間の意識が先端と終端に集中するからにほかなりません。また、視覚特性と認知の仕組みがこれに与かっている可能性もあります。
10. 細部(ディテール)
縦画にわずかな抑揚をつけたり、横画の下部を強めに反らせたりするなど、書体のニュアンスを表現する項目として最後に置きました。数値化が困難な、だからこそ大切な、目指す書体の達成度を上げるのに欠かせないのが細部への意識です。木を見て森を見ずではいけませんが、上記9項目すべてに、細部に対するのと同様の意識を傾ければ、まちがいなく書体の品質は上がります。快適な読みをもたらす安定した書体は、地道な改善作業と合理的な開発システムが欠かせません。
以上、書体の属性についてひと通り解説を行いました。暫定的な内容ですので、今後も改訂作業をおこなう必要があるでしょう。属性とその働きを言語化することで、書体デザインの将来に資するところがあれば幸いです。次回は、この属性分類をベースに、TPスカイのデザインを解説したいと思います。
第5回へ