先週末に観た呉昌碩の余韻がまだ残っている。私にとって中国書画は漢方薬的な効用があるようだ。きょうは仕事を早めに終えて19時ごろ名古屋に入る予定。
井の庄でまぜそば。どんぶりに盛られた具材のビジュアルだけでなかば満足。金シャチ欧文のディレクションと別書体の漢字制作。
『TPスカイ開発ストーリー』第3回「サインシステムの文字」
■まえがき
2014年にTP明朝のファミリーをリリースしたあと、書体デザイナー2名とエンジニアが加わり、ついにTPスカイの開発態勢が整いました。この時点ですでに8年が経過しています。順調に制作が進み始めていた2014年の暮れごろ、日本デザインセンターの色部義昭さんから連絡が入りました。新しい街区表示板を提案するにあたって、都市フォントの文脈で新しいフォントを提供してもらえないか。そのような主旨のお話でした。
色部さんの提案内容は、都市フォントの文脈にあるだけでなく、案内表示における文字というTPスカイの課題に合致していたため、すぐに快諾しました。このような経緯でTPスカイは、街区表示板用にカスタマイズした「東京シティフォント」としてお披露目することになったのです。
色部さんが新たに提案した街区表示版と東京シティフォント
■サインシステムが抱える問題
日本におけるサインシステムの位置づけと関心の低さは多くの人が指摘するところです。海外の駅や空港で、整理された美しい案内表示を見て初めてサインシステムを意識した人も少なくないでしょう。ヨーロッパの伝統ある都市で暮らす人々は、文化的な素養に裏付けられたデザイン意識を持っていることが多いため、公共デザインに向ける目もしぜん厳しいものになります。公共に対する意識が薄い日本で、すぐれたデザインが出にくいのは当然かもしれません。
もちろんコストの問題もあります。導線設計をはじめ目に見えにくい課題が多いため、根本的な解決をおこなうには膨大な資金が必要です。広く社会で案内表示の重要性が認識され、そこに十分な予算と時間が配分されないかぎり、日本の公共サインが良くなる可能性はきわめて低いと言わざるをえません。しかも現在は、スマートフォンが道案内をしてくれるため、公共サインの存在意義はますます揺らいでいます。公共空間に設置されたサインシステムをエリア利用客とのタッチポイントと考え、ルート情報を分かりやすく提示するだけでなく、新たな利用価値を加えつつ景観に寄与する存在であることが求められます。
■サインシステムに適した文字とは
では、そのようなサインに求められる文字の条件とは何でしょう。見つけやすい文字、分かりやすい文字、目立つ文字、大きい文字、太い文字、つぶれない文字。もちろん答えはひとつではありません。この問題を考えるときに外せないのがデジタルサイネージの動向です。都市部の駅を中心に、デジタルサイネージが普及したことによって、情報の更新性は飛躍的に向上しました。その一方で、視覚情報に動きの次元が加わったことで、騒がしさの度合いが高まったのも事実です。とりわけ公共の文字は、広告的な視覚要素とどう棲みわけ、また共存するかを考えなければなりません。
近年の傾向としてもう一点。駅構内への商業施設の出店、いわゆる駅ナカの発展があります。経済効果に対する期待から、公共空間に商業施設が入っていく流れはいぜん盛んです。公共空間の商業化によって広告の文字と案内の文字が入り乱れ、視覚情報が飛び交うなかを歩行者は行き来するようになり、日々の認知負荷は増大する一方です。さらに現在は、訪日外国人に配慮した多言語表記という課題が加わり、視覚環境の問題をいっそう複雑なものにしています。そうした状況で案内の文字が広告の文字と競い合ったらどうなるでしょう。混乱したサインシステム、動的な文字表示、公共空間と商業施設の複合化など、視覚情報が騒音化する要件には事欠きません。
■サインシステム用書体の方向性
澄んだ声、よくひびく声、聞きとりやすい声。書体のありようを声になぞらえてみる。雑踏でもよく通る声(のような文字)、小さくても聞きとりやすい声(のような文字)、控えめでも凛とひびく声(のような文字)。耳と目、ふたつの感覚器官を通じて音声と図形が重なり意味をなす。文字に意味以外の情報をのせて意味を強めたり、視覚的なことばに情緒を与えるのが「書体」です。大きな声で目立たせる広告の文字とは一線を画す、澄んだ声のような書体。めざす書体の方向をこのように定めました。
10年前から掲げているタイププロジェクトのスローガン「書体は顔であり、声である」
『TPスカイ開発ストーリー』第3回「サインシステムの文字」は以上です。次回は、TPスカイのデザインを解説する前段として、タイプデザインの仕様を考える際に用いる「書体の属性」について解説する予定です。
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