今回は、雪朱里 著の「『書体』が生まれる」を紹介します。
刊行記念のオンライントークイベントでは、著者の対談相手をタイププロジェクト代表・タイプディレクターの鈴木功が務めました。
本書では、金属活字における書体デザインを大きく変えた「ベントン彫刻機」と、日本における導入のきっかけとなった「三省堂」について、その歴史が描かれています。
かつて、金属活字は種字彫刻師によって彫られて制作されており、その技術は非常に高度なもので、種字彫刻師も限られた存在でした。
ベントン彫刻機では、紙にレタリングした原図から機械的に彫ることができるようになったため、活字制作の効率化や印刷品質の向上だけでなく、種字彫刻師のみによって生み出されていた活字のデザインも開かれたものになりました。
文字のアウトラインを描いてそれを活字(フォント)にするという、現代でも一般的な書体デザインの手法、ベントン彫刻機はその原点と言えます。
一方、三省堂の創業者である亀井忠一は「よいものは必ず、美しい」という信念のもと、自社の印刷工場を作るほどに印刷の美しさを大事にしていました。
創業者の四男・亀井寅雄は、それでもなお当時の水準に満足できず、さらなる印刷品質を追求した結果、たどり着いたのがベントン彫刻機でした。
この運命的な交差から、亀井寅雄による大変な苦労の末、三省堂にベントン彫刻機が導入され、これをきっかけとして日本国内にベントン彫刻機が流通します。本書では、この様子が膨大な資料とインタビューを通して深く記述されています。
トークイベント内では、Bézier(ベジェ)曲線に関するトピックも出てきました。これによって、物理的制約のないきれいな曲線を描くことができるようになりました。しかし、その数学的な性質により、実際の操作には一定の慣れが必要です。Bézier曲線より自然にきれいに描けるような方法があれば、さらなる書体デザインの進化の可能性があるのではないかと、ベントン彫刻機のエピソードと重ねて思うところがありました。
ちなみに、タイププロジェクトは練馬区の石神井にありますが、本書によると、戦時中のベントン彫刻機の疎開先のひとつに石神井の神学校があったそうで、石神井と書体の意外な関わりを知りました。
ベントンで彫刻した母型に種字彫刻師が手を入れて直したという記述や、ベントン彫刻機の扱いに腐心した様子、ベントン彫刻機を導入した各社で書体研究が行われ一から書体デザインを模索していった経緯などから、機械が万能で精巧であってもそれを扱う人間の目や技術を合わせて良いものにしていくことはデジタルフォントの制作でも変わらないと感じました。
ベントン彫刻機以降の道具の特性や制約による鮮明な文字と、全て人の手で彫られた文字と比べたときの精密さによっては生まれない線についての違いは、現在のフォント制作をする中のみでは気づけない点でした。
日本の「書体デザイン」の源流にあたる重要な人物や歴史を知る手引きとしてもおすすめの一冊です。
書籍情報:
『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』
著者:雪朱里
発行:三省堂
購入情報:
三省堂
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dict/ssd34915
(LN、RK)
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