【メディア掲載】マイナビ出版「+DESIGNING」

VOLUME 42 掲載記事 第4回
“らしさ”をかたちにする都市フォント

価値を変え、環境を整え、文化を支え、生活に根ざす。タイププロジェクトが目指す、文字の姿。

デザイン誌『AXIS』の専用フォント作成からウエイトとコントラストを自由に組み合せることができるフィットフォント、都市フォントプロジェクトやフォント試作ツールの提供など、独自の展開を続ける、タイププロジェクトの目指すものとは。

生活・環境になじみ、支える文字

“らしさ”をかたちにする都市フォント

タイププロジェクトの取り組みは生活や文化に密着した「都市フォント」の作成もある。AXIS FontにしてもTP明朝にしても、ニュートラルで目になじむタイププロジェクトらしさがあるが、その一方でニュートラルとは対極にあるともいえる展開が地域に密着した都市(シティ)フォントである。名古屋「金シャチフォント」にしても横浜「濱明朝」にしても、ニュートラルさとは対極にあるように見えるが、鈴木氏のなかでは何か共通するものがあるのだろうか。

「これらはふたつの柱だと考えています。ひとつは本文用として機能性が高いという意味でのテキスト用フォントと、もうひとつは娯楽性や個性のようなものが見出しとして求められるという意味でのディスプレイ用フォントです。このふたつは違うベクトルを向いているものですから、ディスプレイのほうを向いてテキストフォントは作れないし、テキストのほうを向いてディスプレイフォントを作ることはできません。ただ、文字というのは読みやすさだけが重要かといえば必ずしもそうではなく、たとえば江戸文字を見ると、びっくりするほど多様なんですよ。でも、単に多様に作っているのではなく、相撲の番付があるから相撲文字があって、寄席のめくりがあるから寄席文字がある。歌舞伎の芝居があっての歌舞伎文字があるわけです。ディスプレイフォントが生まれる背景にも、それぞれ固有の条件があったんじゃないのかと思っています」その場に、その都市にふさわしいあるべき文字の姿。都市フォントプロジェクトは、文字を通して、都市の空気感をかたちづくっている。

都市フォント普及の課題は

都市フォントは生活や地域に馴染んでいく書体になることが最終的な目標のひとつだという。「都市フォントではその地域にできる限り入り込んでいこうと思っています。文字のおもしろさを共有できる効果を都市フォントに期待しています。名古屋に来て金シャチフォントを見たら『ああ、名古屋に来たね』と思うような」

地域に密着したフォントの要望はいろいろあるが、なかなか実現には至らないそうだ。「地元の企業さんを含めて、要望はいろいろいただきます。また、一般の人は『フォントを買う』ということからは遠いので、できる限り、都市の公共機関が、都市フォントを利用してくれるということが望ましいのですが、予算を取るとか議会を通すことが大企業よりも大変です。また、行政の長の方が何年かごとに変わってしまうというのも、都市フォント実現の難しさですね。オリジナルの書体を作るとなると何年もかかるので、その方がいいねと言ったときに、年間で予算をとったとしても、次の長の人がいらないと言ってしまえばそれで終わってしまいます」

しかし、横浜の都市フォント「濱明朝」のように、クラウドファンディングによって一般の人から支援金のようなかたちで参加してもらい、愛着を持って一緒に育てていくことでこの発想を実現し、フォントをより身近なものに感じてもらうことが可能になったという。「都市らしさというものを文字で表現するというのは、素敵なことだと僕は思うし、ジョンストンがロンドンで実現したように、都市の価値自体を高めていると思うんです」文字が街の価値を高める、環境を変える。その取り組みは少しずつ、かたちになりつつある。

名古屋「金シャチフォント」

名古屋をイメージするフォントをつくり、地元で育て世界へ発信する試みとして作られた都市フォント。起筆には金鯱の反りを、終筆には名古屋城の破風と屋根の反りを反映したデザイン。名古屋で古くから親しまれている市章である丸八マークを筆法に取り入れ活気のある書風となっている。

左:名古屋のイメージとして親しまれている金鯱と名古屋城の破風を起筆と終筆のデザインに取り入れることで、一般的な明朝体よりも装飾的で、遊び心のあるデザインに仕上げられている
右:少し濃いめの見た目は名古屋メシの味にも通じる地域性を醸し出す

金シャチフォント

横浜「濱明朝」

フィールドワークから得られた横浜のイメージと、横浜開港150周年を機に行なわれた市民参加のブランディング事業に寄せられた2,000件以上の言葉から抽出したキーワードをもとにデザインされた。横画は横浜を代表する氷川丸を、縦画は海上から望む建築群をモチーフとしている。実現にあたり、クラウドファンディングを実施した際には、目標の300万に対して、395.5万円の出資があった。

港を往来するフェリーをイメージした細い横画(上)と、建築群をイメージする太い縦画を基本した構成(中)。欧文は水平垂直のコントラストを強調し、細部は風にはためく旗や錨のイメージを取り込んでいる(下)

濱明朝

東京「東京シティフォント」

グラフィックデザイナーである色部義昭氏からの要望に応えるかたちで試作提供されたフォント。それまでに開発が進められていたサインシステム用フォントをベースに、都市独自のコミュニケーションツールとなるフォントとし、東京と江戸をつなぐ「洗練—粋」をコンセプトに東京のアイデンティティを強化する。

わかりやすさという機能に加え都市固有の歴史と文化を折り込むことで、現代の東京の中に江戸の伝統を感じさせる

東京シティフォント

2016年、タイププロジェクトは社内でフォント試作用に使用していた「Drop&Type」というツールを一般販売した。
これはアドビ イラストレーターを使ってトレースした文字のアウトラインデータからフォントを生成するもので、一度に280文字をフォントに変換することが可能だ。「こうしたツールを通して、まずはフォントを作ってみてもらって、文字がアイデンティティを示すツールになり得るということをより多くの人に知ってもらえたらいいですね」Drop&Typeはフォントをより身近なものとして感じてもらうための手段であり環境でもあるのだ。そしてその道は、都市フォント実現という夢にもつながっていく。

もともとはタイププロジェクトの社内で試作フォントを作成するために作られたツールで、Illustrator のパスデータを専用のドロップシートに配置して、ドロップするだけでフォントファイルを生成することができる。フォントを作成するための専門知識がなくても、手軽にフォントを作れるのが特徴。

Drop&Type

:Drop&Typeではドロップシートと呼ばれるテンプレートが用意されている。ここにAdobe Illustrator のライブトレースを使ってスキャン画像から抽出した文字のアウトラインを配置していく

中央:Drop&Type を起動し、フォント名と作者名を入力。該当するウエイトを選択したら、あらかじめ作っておいたドロップシートをドロップする。変換が始まり、フォントファイルが出力される
右:作成されたフォントをインストールすると、すぐに使うことができる。まずは、手書きの文字などで試してみたい

タイププロジェクトが目指すもの

フォントというと、「難しいもの」「わからないもの」と途端に距離をおいてしまう人も多いが、文字は誰もが書き、読んでいるものであり、生活には欠かせないものだ。だからこそ、文字の考えかたひとつ、作りかたひとつで、多くの価値を、環境を変えることができる可能性を持っている。タイププロジェクトの文字・フォントは、文字と人の関わりをより密接なものとし、快適な空間を作りあげようとしている。そこには、文字によって社会をよりよいものにしようという、揺るぎない信念と強い意思が込められている。

写真:弘田充

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