価値を変え、環境を整え、文化を支え、生活に根ざす。タイププロジェクトが目指す、文字の姿。
デザイン誌『AXIS』の専用フォント作成からウエイトとコントラストを自由に組み合せることができるフィットフォント、都市フォントプロジェクトやフォント試作ツールの提供など、独自の展開を続ける、タイププロジェクトの目指すものとは。
社会の変化に呼応する文字
いま考える、あたらしい明朝体・TP明朝
タイププロジェクトにはいま、AXIS Fontと並ぶもう1本の幹とでもいうべきものがある。それがTP 明朝だ。「AXIS Fontを作って普及したら、『AXIS Fontの明朝体はないの?』という声が聞こえてくるわけで、需要がある以上は作るしかないわけですよね。ただ、フォントを作るのに1人だと5年はかかるということはわかっています。その5年間のモチベーションを維持するためには、何か今までにない要素がなければ絶対に続かなくなってしまいます。具体的な課題とか目的が見えないと、また5年かかるのに、そこがもやもやしながら進めることはできないなと思っていました」
では、TP 明朝の開発に着手した2009年当時の課題や問題点とは何だったのだろうか。「ひとつには横組みに特化した明朝体が出てこなかったということがありました。また、その頃にはフォントの利用シーンがオンスクリーンになりつつあったので、明朝体がすでに少なくなっていたということもあります」その状況は手遅れなくらいに進んでしまっていたと鈴木氏。「明朝体が中心にあると僕たちは普通に思っていたんですけれど、携帯やスマートフォンがでてきて、いつの間にか、欧米でもサンセリフ体が、書体の主流に変わっていた。もしかしたら、手遅れかも知れないけど、そこで明朝体しか出せない情緒性や、フォーマルさ、まじめさを演出する明朝体が、スクリーンという新たな環境に適応すべきだと考えました」
TP 明朝のエレメントの一部。ウロコ(右下)の形状をみると、鋭い立ち上りに対して、なだらかにおりていく。シャープさとやわらかさが入り交じるデザインがTP 明朝の特徴
web 等のスクリーンメディアでの可読性に焦点を当て、横組み全角ベタに最適化されている(上)。英数字もシャープでありながらやさしい、エレガントなデザイン(下)
コントラストというあたらしい概念の導入
“AXIS Fontに合う明朝体”という声からスタートしたTP 明朝だが、開発を進めるなかで紙媒体だけでなく、スクリーンで使われる明朝体ならどうあるべきかを考えたという。「これまで明朝体がどういう風に使われてきたかを考えると、長い文章に最適で、縦横兼用が前提。そして仮名は字面が小さめのほうが美しく、クラシックで情緒的な印象……などさまざまな考えかた、イメージがあるわけです。一方、オンスクリーンだとどうかというと、短いテキストが増えてきて、メッセージは断片化しています。縦組み向きの明朝体は、横に組んだときにも、ある程度はきれいだということはわかっていましたが、オンスクリーンで見る明朝体は、文字を小さくしていったときに、美しくはあるんだけれど、安定性に欠ける。そういったことをずっと感じていました。だからこそ、安定感や座りがいいという理由で、ゴシック体が無意識に選ばれているんじゃないかと」
“安定した読み”を書体のありようや表情に持たせようとすると、明朝体の情緒的な美しさは削がれてしまう。一方、表示用で横組みということを考えたとき、可読性や安定感は、どうしても踏み込まざるを得ない条件になるとも鈴木氏は話す。「あとはオンスクリーンで使用される場合の柔軟性ですね。プロポーションであったり、縦横の比率を変更したり、大きいモニターと小さいモニターがあったり。環境の多様性は避けて通れません。文字をユーザーが任意で変えられるということは、作り手の制御がきかない状況下であるともいえます。紙媒体であれば、プロフェッショナルが一番いい状態を作り上げ、印刷によって定着したものが提供されますが、オンスクリーンではユーザーがもっと自由に文字のありようを決めることが可能です。オンスクリーンでは、印刷以上に、作り手が使われかたを固定することができないのです」
そうした状況に、文字というアプローチで対処したのが、ウエイトに加え、横画の太さを変えたバリエーションという概念をもつTP明朝だ。従来の明朝体のように縦画に比べて横画が細いものをハイコントラストとし、それよりも縦画と横画の太さの差が少ないものを、順にミドルコントラスト、ローコントラストとした。スクリーン上での再現性、表示解像度に合わせて、コントラストを選ぶことで、最適な文字表現を可能にしたのだ。
デジタルデバイスと横組みに最適化。いまあるべき明朝体・TP 明朝
AXIS Fontがウエイト+字幅という軸で構成されているのに対し、TP 明朝ではウエイト+コントラストという軸で展開。コントラストとは、縦画と横画の線幅の差を意味し、ハイコントラストは従来の明朝体のように太い縦画と細い横画、ローコントラストはいわゆる横太明朝体のように横画に対して太みを与えている。同じデザインコンセプトでありながら、明朝体の優雅さとゴシック体の可読性を兼ね備え、目的、状況に合わせてセレクトしていくことであらゆる環境の変化に対応することができる。
フィットフォントのもうひとつの幹として
TP明朝はハイコントラスト、ミドルコントラスト、ローコントラストという3つのコントラストから開発がスタートしたが、フィットフォントとしても展開されたことで、さらに多くの要望に応えられるようになった。そしてTP 明朝は、AXIS Fontと並ぶフィットフォントのもうひとつの幹となった。「コントラストというのは解像度に合わせて選べると同時に、目的や好みの選択肢でもあります。TP 明朝とフィットフォントは、多様なオンスクリーン環境に対する、ひとつの提案なのです」
TP 明朝のフィットフォント展開図。青字は製品版として提供されているTP 明朝に該当するウエイトとコントラスト。なお、製品版AXIS Font のウエイト、字幅展開はフィットフォントに該当するもののない、オリジナルのものとなっている
ドライバーズフォントという試み
「オンスクリーンでの使用を考えた書体」としてもうひとつ取り上げたいのが、タイププロジェクトが2008年から取り組むカーナビなどの画面に特化したフォントだ。運転中のドライバーは進行方向のほかに、ドアミラーやルームミラーで背後にも視線を配りつつ、カーナビに表示される情報にも目を向けなければならない。株式会社デンソーとの共同開発によって生れたドライバーズフォントは、このように画面を凝視することができない場合でも視認性が高く、必要な情報が瞬時に提供できることを前提に考えられている。コンパクトな骨格とメリハリのあるディテールは、まさに究極の「チラ見」フォント。ここにもまた社会、環境の変化を文字によって解決する、タイププロジェクトの姿勢が現われている。
ドライバーズフォント
株式会社デンソーとの共同開発で生れたドライバーズフォント。運転中に一点を凝視することができないドライバーにとって最適な文字とは何かを模索し、3年にわたる仮説・試作・検証を重ねた。コンパクトな骨格とメリハリのあるディテールは、見たいときにしっかり見え、それ以外は地になじむ書体となった。
写真:弘田充