2020.07/01
地域の「らしさ」を書体にする
都市はそれぞれ固有の文化と歴史の上に成り立っています。文字も同じように固有の文化に育まれ、長い歴史を刻んできました。世界の各都市ではブランディングという課題を解決するために様々な施策が試されています。たとえばローマやソウルでは、市内の案内表示やウェブサイトや観光用ポスター、リーフレットで使用する書体を新たに制作。フォルムの美しさや機能性はもちろん、土地柄を反映させたデザインを導入してブランディングを効果的に進めています。
タイププロジェクトが考える都市フォントプロジェクトとは、国内各地の都市が独自に持っている個性や魅力を書体のデザインに取り入れて、それぞれの「都市らしさ」を具現化することです。街の個性を文字のかたちに反映して書体にする–––それが都市フォント構想の第一段階です。街から生まれた文字が、街で使われ育まれて、いつか街の風景になる。それが都市フォント構想の目指しているビジョンです。
タイププロジェクトでは、都市の個性を活かす「地域性」、都市のアイデンティティを形成する 「一貫性」、都市の価値を高める「公共性」という3本のコンセプトを軸に書体をデザインしています。方言や風物など、その土地ならではの独自性を積極的に盛り込むことで、地域の声をかたちにした愛着の持てる書体を作ること。それによってそこに暮らす人々と地域を結びつけ、都市としての一体化を促しそこから生まれるゆるやかな公共性が都市そのものの価値を高めていく。都市フォントとは、まちづくりや景観の統一性に貢献するだけでなく、市民のアイデンティティ形成や一体感を醸成するためのツールなのです。
都市フォントを開発し、建築・空間・サイン・カタログ・名刺などさまざまな媒体で活用することで、都市のイメージに一貫性をもたらします。市民の利便性を高めるだけでなく、訪問者の印象を強め、都市の長期的な価値向上に貢献します。
都市フォント
- 金シャチフォント
- 濱明朝
- 東京シティフォント
金シャチフォント
金シャチフォントは、起筆にシャチホコの反り、漢字のウロコに城の破風の形状を反映させるなど、名古屋文化の象徴を取り入れた明朝体です。一般的な明朝体の多くでは、横画終筆部に見られる三角形の「ウロコ」を直線で構成していますが、金シャチフォントの終筆は名古屋城の破風と屋根の先端の反りを反映したかたちにしています。このように、横画の起筆部と終筆のウロコをいずれも反らせることで、この書体に独特のリズムと表情を与えています。名古屋開府400 年にあたる2010 年に金シャチフォントのプロトタイプを発表し、2020年3月に「金シャチフォント 姫」の発売を開始しました。現在、「金シャチフォント 殿」の開発をすすめています。
名古屋弁の抑揚や名古屋城、そして名古屋嬢からイメージを膨らませ、試行錯誤しながらスケッチを重ねました。また、名古屋弁に特徴的な「みゃ~、りゃ~」といった語尾の組み合わせを連綿合字にするなど、ユニークな表現方法を盛り込んでいます。
2010年に名古屋市で開催された金シャチフォントプロジェクト展では、ライブイベントで「名古屋弁かるた」の文字を描きました。
濱明朝
濱明朝は、横浜という都市のスケールや特徴を取り入れ、縦画と横画の対比を際立たせた明朝体です。港を往来するフェリーや水平線をイメージしたほっそりとした横画に対し、海上から望む建築群を表現したどっしりとした縦画の太さを持たせています。都市の幅の広さや、新しいものを取り入れるといった横浜の懐の深さを表した濱明朝は、見出しやタイトル、本文や注釈などの幅広い用途での使用を想定して、一貫性を保ちながら太さのバリエーションを持たせています。2017年7月に、キャプション、テキスト、ヘッドライン、ディスプレイの4つのバリエーションで、それぞれ6ウエイトの計24フォントのファミリーで発売を開始しています。
2009年の開発開始の際には、フィールドワークを通じて得られた横浜のイメージや、開港150周年を機に行われた、市民参加のブランディング事業で出された2000件以上の言葉を参考に、「おしゃれな街」、「歴史とともにある港」、「伝統と新しいものとの共存」といったキーワードを抽出しましました。2016年には、FAAVO横浜でクラウドファンディングを行いました。横浜に拠点を置くデザイナーや横浜出身のアーティスト、さらには地元のメーカーや商店など多くの方にご支援をいただき、目標額の131%を達成しました。
2014年に開催された新・港区ファイナル展で横浜開港150周年を機に横浜をイメージして制作を始めた濱明朝体の制作について語りました。
東京シティフォント
東京シティフォントは、都市空間に増えつつあるデジタルサイネージや、交通機関の案内表示などに適したフォントファミリーとして、現代の情報表示に適した設計をおこない、遠距離からの判別性と表示品質の安定性を目指しました。和文部にはTPスカイローコントラストを採用し、新たに開発した欧文は。和文の基本設計を踏まえながら、内側は直線的、外側は曲線的なスタイルで東京の建築群との相性を考慮してデザインしています。東京シティフォントは、2020年5月に発売を開始しました。
リリースに先立ち、2015年には、東京シティフォントに先行して開発していたTPスカイを、日本デザインセンターが提案した街区表示板の実証実験デザイン用にカスタマイズし、東京シティフォントのプロトタイプとして、スモール(上)とラージ(下)の2書体を発表しました。このプロトタイプ版は控えめな抑揚を持つ90%の長体で設計し、街区表示板でサイズの異なる文字の太さがそろって見えるように、小さい文字用の「スモール」は15%ほど太い仕様に設定しました。
その後、東京の建築群に合うようシンプルで堅牢なデザインの欧文を開発し、さらにコンデンスとコンプレスをファミリーに加えたことで、より適切なスタイルのフォントを場面に応じて選ぶことが可能になりました。ファミリー全体をとおして視認性を基準に設計をおこない、簡素で安定性の高いデザインが持ち味です。やわらかな外部形状とがっちりとした内部形状の調和を図った欧文は、身体性と堅牢性を兼ねそなえた建築的なフォルムが特徴です。
世界の都市のフォント
- ブリストル
- ローマ
- ベルリン
イギリス ブリストル
ロンドンから西へ約170キロメートルの位置にあるブリストルは、1998年に「ブリストル・レジブル・シティ(わかりやすい都市ブリストル)」というプロジェクトを立ち上げました。その一つの取り組みとして2000年頃に完成した都市のサインシステムでは、「ブリストル・レジブル・シティ」のためにオリジナルの書体が開発されました。「Bristol Transit」と付けられたその書体は、サインシステムに限らず、路上マップパネルや携帯歩行用マップにも統一的に使用されています。これらの取り組みを通じて「わかりやすい都市」というブリストルが取り組んでいるシティ・アイデンティティの醸成に寄与しています。「Bristol Transit」はベルリンの地下鉄用書体である「Transit」を元にデザインされています。長体である書体がベースになっているため、限りあるスペースに不特定の文字数が入るサインシステムなどでは、グラフィックソフトを使った文字の無理な変形を未然に防ぐ効果もあると言えます。
イタリア ローマ
西暦2000年という千年に一度訪れる聖なる年を迎えたローマは参拝にくるキリスト教徒をスムーズに受け入れるために新しいサインシステムの計画を行いました。ローマのために作られた書体は「Capitolium(キャピトリウム)」 と名付けられ、16世紀にカトリック・キリスト教会の書記官をつとめた、ジョバンニ・フランチェスコ・クレッシが書いた文字を参考にして作られました。サイン用書体として計画されていたものの、他の媒体での応用も考えられ、最終的には本文用のCapitolium Light、Regular、Italic、Boldとサイン用のCapitolium Roadが作られました。サイン用の Capitolium Roadは本文用のCapitolium Boldをベースにやや字幅を狭く、エックス・ハイトを高めに作られています。
ドイツ ベルリン
ドイツの首都ベルリンは2008年から「be Berlin」という世界に向けてベルリンをPRする新しいキャンペーンを開始し、見出し用にBMFChange Letterという新しい書体がデザインされました。キャンペーン用のツールとして作られたBMFChange Letterですが、後に都市アイデンティティ用のツールとして考えられるようになりました。市のコミュニケーションにおいては、BMFChange Letterが持っている特徴的すぎるディテールや、タイプライターのような構造、相対的に広い字幅などが適していないことから、やや控えめで少し字幅を凝縮したBMFChange Sansが作られ、吹き出しのアイコンの効果も加わり、市の声、市民の声を反映するものになってきています。
都市と文字との関係
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はじめに
人や建物と同じく文字も都市を形成する要素の一つです。普段、空気のように感じられる文字を中心に都市を眺めてみると都市と文字のよい関係が見えてきました。そんな都市と文字の関係を十の言葉にまとめました。
都市と文字の関係
Photo by julie, Dave & Family
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人が行き交い、文字が行き交う
街の中で人がすれ違えば、おのずと文字もすれ違います。お気に入りのTシャツに書かれている文字や、車に書かれている車種を表すロゴタイプ。手にぶら下げているショッピングバックにも文字が書かれているかもしれません。
人が行き交い、文字が行き交う。そんな風に言えるのも身近で身軽な文字ならではの表現かもしれません。 -
心地よい風、心地よい文字
心地良い風が吹くとなんだか心が和やかになります。深呼吸して歩き出せば次第に心が弾み、お気に入りのメロディーが頭の中で流れてくる事だってあるでしょう。
心弾む気持ちは文字だって同じこと。心地よい風が吹けば文字は踊り、いきいきとした表現が街全体に広がります。 -
静かなる都市の案内者
初めて訪れた街でまず最初に探すもの。それは、行き先を案内してくれる案内表示板ではないでしょうか。
広告看板のように誇張をせず、困ったときにだけ、そっと行き先を知られてくれる。街の案内表示板はまさに街の名脇役と言えるでしょう。 -
港の佇まい文字の装い
吹き込むような風と絶え間なく往来してくる貨物船。きらきら光る水面とゴーンゴーンと鳴り響くコンテナを運ぶ音。どれも港の風景の一部ですが感じ方はそれぞれ違います。
文字だって、柔らかい曲線を持った明朝体と、ゴツゴツしたゴシック体とでは感じ方がそれぞれ違います。
港の風景に合わせた文字の装い。いろいろと考えることが出来そうです。 -
思い出とともにある書体
ある都市では百年近く使われ続けている書体があります。エドワード・ジョンストンという十九世紀から二十世紀に活躍した書家が作ったその書体は、ジョンストン・サンと名付けられイギリスのロンドンで地下鉄を中心に使われています。ロンドンに暮らす人々やロンドンに通う人々、ロンドンへ旅行に訪れる人々など、様々な人々に愛され使われてきたこの書体は、これまでも、これからも、その人々の思い出とともにあり続けることでしょう。
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街のにぎわい、文字のざわめき
多くの人が街にあつまれば街はにぎわい、活気に満ちあふれます。人が多くなれば、街頭の看板も建物の上下に連なるように設置され、街のにぎわいと比例するかのように文字が発する声のボリュームも上がるものです。そんな光景を見ていると、街と文字は親しい関係にあるのだなと感じられます。
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人と人をつなぐ
街で見かける文字には、情報を知らせるだけでなく、人と人をつなぐ役割もあるのではないでしょうか。
街に設置されている地図や案内板をたどって先には、必ずと言ってもいい程、人が待っていることでしょう。街と人との関係の中で、文字は切っても切りはなせない、そんな役割があると言えるでしょう。 -
暮れゆく街にしずむ文字
朝日が昇る頃目が覚め、夕日が沈む頃、眠りにつく。人は本来そのように活動してきました。街の文字も人と同じように、朝日が昇る頃に目が覚め、夕日が沈む頃には、その日の活動を終えます。
ただ、現代社会においては人と同様、二十四時間、活動する文字も数多くあるのも事実。活動時間を照らし合わせてみると人と文字も近い関係にあるかもしれません。 -
文字も街の被写体
初めて訪れた町におかれているモニュメント。よく見たら文字だったなんて事はありませんか?
普段、書いたり、読んだりする文字が、立体となって設置されいると、なんだかわくわくしてきます。手で触ってみたり、間をくぐってみたりするのは立体ならではのこと。ついつい記念にシャッターを押してしまいますよね。 -
歴史とともに文字を刻む
洋の東西を問わず、人は歴史とともに文字を壁や石などに刻んできました。時代の流れとともに徐々に変化してきた文字はその時代性をあらわすものや、地域性を表す役割を担うようになりました。今刻む文字も時代の流れとともに、刻まれた時代や地域性を表すのもとなるではないでしょうか。
- はじめに
- 人が行き交い、文字が行き交う
- 心地よい風、心地よい文字
- 静かなる都市の案内者
- 港の佇まい文字の装い
- 思い出とともにある書体
- 街のにぎわい、文字のざわめき
- 人と人をつなぐ
- 暮れゆく街にしずむ文字
- 文字も街の被写体
- 歴史とともに文字を刻む