ポーラ美術館

副館長 碓井 健司氏

空間に寄り添う、静謐な文字

神奈川県箱根仙石原にあるポーラ美術館の設立は2002年。その9500点にもおよぶコレクションは19世紀のフランス印象派やエコール・ド・パリなどの西洋絵画に加え、日本人画家による洋画や日本画さらには東洋陶磁やガラス工芸、化粧道具までと豊富な収蔵で知られています。建築のコンセプトは「箱根の自然と美術の共生」。富士伊豆箱根国立公園内の約12万平方メートルの敷地には樹齢300年を超える巨大なブナ林、滑らかな美しい木肌を持つヒメシャラの樹林など、緑豊かな自然が広がっています。この自然環境を保護するため建物の大部分を地中に埋め込み、貴重な自然景観の保存に最大限配慮した設計となっています。また、世界的名品と出会う展示室の光ファイバー照明、幻想的なロビーの光壁や東洋初の完全免震構造など多くの革新的な技術を採用。自然の光を感じる透明感のある美しい美術館として高く評価され、日本建築学会賞と村野藤吾賞を受賞しています。

ポーラ美術館開館準備当時、美術館サイン計画を担当したポーラ化成工業株式会社 デザイン研究所の碓井健司氏(現ポーラ美術館 副館長)は、「最初に館名である『ポーラ美術館』のロゴタイプに取り組みました。本格的な美術館らしさを感じさせる、静謐で上質なものにしたかったのです。収蔵西洋絵画に関しては印象派の作品が多いこと、建築に関しては自然の光を意識した造りになっていることから、光のイメージを盛り込みたいと思っていました。」と述べています。

タイププロジェクトは、ポジおよびネガで使用するケースを想定してポーラ美術館のロゴタイプを制作しました。反転しても同じ印象であることを検証し、さらに縦組みと横組みの文字間や行間のバランスを細かく調整しています。

ポーラデザイン研究所が所内でデザインしたポーラ美術館のロゴをブラッシュアップしてほしいという依頼で作成。新ゴシックに90%の長体をかけたものがベースになっている。長体をかけたことによる曲線の歪みと縱横の比率などを調整した。白抜きのロゴは文字がやや太って見えたため、視覚上同じ太さに見えるようポジバージョンより5~6%細くし、ネガとポジで文字の太さを変えている。

透明な表示板の向こうに箱根仙石原の四季がみえる。

「文字は水や空気みたいなもの。だからこそ普遍的な存在としてこだわる必要があります。美術館の空間にこだわるのであれば、そこに表記する文字にもこだわらないと意味がありません。そうした流れで、ロゴタイプだけでなくポーラ美術館専用のサイン書体を創りたいと考えました。」

こだわりのある建物に合う凜とした上質な文字、という要望を受けタイププロジェクトが制作したのはポーラ美術館の案内表示に必要な84文字。先に施行が進んでいた縦長のサインボードとスリムなピクトグラムとの相性を考え、また伸びやかな空間構造を書体に反映させるため95%の長体で設計を行っています。自然な光を採り入れた美術館に文字をなじませるため画線を細めにした、明るく控えめなサイン用書体です。

駐車場(左)
デザインが先行していたスリムな案内表示板と長体90%の美術館ロゴから、サイン用書体を長体でつくるというアイデアは自然に導かれた。正体、長体の97%、95%、93%そして90%を選択肢として提案し、95%の長体をベースにする案が採用された。文字の太さは、ふんだんに光を採りいれた美術館に寄り添うようわずかに「細み」と「明るさ」を感じるウエイトに設定した。

完成したポーラ美術館サイン専用書体(右)
サイン用に制作した文字数は、漢字48文字とひらがな4文字、カタカナ32文字の計84文字。欧文にはFrutigerを使用している。これとは別に、「定員、積載、開閉、用途、乗用、荷物用」などの文字をエレベータ用に正体バージョンで作り起こした。これらは文字サイズが小さくつぶれやすい漢字が多いため、サイン専用書体よりやや細いウエイトで作成した。

「ロゴタイプやサイン計画における文字間や行間というものは、建築における空間表現と同じだと気がつきました。美術館そのものが光にあふれた空間を目指していましたから、建築の考え方と文字の考え方が見事に呼応している。これは、私自身にとっても、大きな刺激になりました。ポーラ美術館専用サイン書体は華奢だけど凜として、みごとに調和しています。まさしく美術館のためにあるバランスを持つ、ミュージアム フォントの誕生です。」

ニュートラルなサイン専用書体はアクリルや石、金属など様々な素材にマッチし、光りあふれる開けた空間に呼応している。

(文/大城 譲司 写真/千房 輝)