文字のディテールを削ぎ落とした先に
オンスクリーンメディアのアートディレクションで活躍されているDELTRO代表の坂本政則さんと鈴木功の対談。話題は多岐にわたりましたが、Pen誌の記事(2015年5月15日号)に収録されなかった箇所から、フォントの役割とデザインについて語り合った部分をピックアップしてまとめました。
サンセリフ——形状の美しさと機能
坂本:僕の仕事はオンスクリーンでの企業のプロモーションが多く、そのためにロゴや欧文フォントも作ります。ロゴを作るときはディスプレイ用にキャッチーにしますが、本当に考えなければならないのは、スタンダードなところです。絵を作る腕力は養ってあるので、その作業時間を短くして、全体の中で欧文フォント制作にかけられる時間を確保します。
鈴木:存在を主張するディスプレイ用フォントと、存在を主張せず言葉に仕えるテキスト用フォントがあって、その住み分けは重要ですよね。坂本さんの作っている欧文はいい意味で主張してこない、UIの操作感を無意識化することを目指しているということがよくわかります。
坂本:僕が作る欧文はインクのたまり用の切り込み部分を削ってあるんですよ。オンスクリーンで図形としての文字を見たときに、「いらないでしょ、これ」って。日本語のゴシック体ではウロコが付いたものをよく見ますが、AXIS Fontはウロコを完全に取り払っていて、欧文のサンセリフ体と対で成り立つバランスがありますね。
鈴木:AXIS Fontをリリースしたころは日本語のサンセリフ体が珍しくて、首をかしげる人もいました。「ゴシック体」の定義が曖昧だったかもしれません。当時多かった先端部分のアクセントは金属活字の名残なのですが、力の表現でもあり紙との相性がとても良かった。デジタル空間では、プレーンな字画による透明感のあるフォントが必要になるだろうと考えて、AXIS Fontは飾り付けのないものにしました。
坂本:最初にAXIS Fontを見たときは、美的センスの固まりだと思いました。今は、情報としてきっちり伝えなければならないところにAXIS Fontを使っています。形状のバランスの取り方、抜け感が優しいですよね。鈴木さん「らしさ」が出ているというのとはちょっと違うかな。その頃は鈴木さんを知らなかったわけですし(笑)
鈴木:作り手としては「自分らしさ」を出そうという気はなくて、どれだけ抑えるかを大事にしています。とはいえ、それが書体の性格に表れるのは避けられません。特にひらがなに与えられた自由度は、僕の手を通して出てしまいますね。そのことによって、書体が今という時代性を帯びてくれたらいいなと思います。
坂本:鈴木さんの手から生み出されたカーブを持つ書体には、単体としても、組まれたものを全体として見ても、美しさを感じます。AXIS Fontにはひとつの人格があって、声があります。グローバルであり、公共の場で機能する書体ですね。ディテールを削ぎ落とすほど、形状に対するバランス感覚が際立ってくる。
鈴木:形状をシンプルにするということは、フォントのデータサイズも軽くなって表示が早くなることにつながるので、デジタル機器での使用を考えたときに重要な要素になるだろうと思っていました。AXIS FontもTP明朝も、同じカテゴリーの中ではほぼ最小のファイルサイズになっています。デザインディテールに凝るあまりにデータ量が増え過ぎると、表示速度が遅くなり、結果的にはその集積がインターネット空間の交通状態に影響を与えてしまう。美しいものを見せようとしているのに、その遅さによってかえってユーザーにネガティブな印象をあたえてしまいます。難しいところですよね。
坂本:それが、日本でWebフォントの普及が遅れている原因でもありますね。欧文に対して、日本語では1文字あたりのデータ量も増えますし、ディスプレイが高精細になっているのにインフラが追いついていないという問題があります。何年後かには、回線の速度がもっと良くなって状況は変わっているかもしれない。数年前に、今の時代を思い描いた時にはもっと進化していると思っていたんですけど(笑)
明朝体——未来の文字の片鱗
鈴木:サンセリフ書体が背景に溶け込む性質があるとすると、明朝体はそこに情緒性とか存在感を与えると思います。肉声に近い役割として。サンセリフと明朝は相互補完的にいい関係にあります。もちろん歴史的にそうだったのですが、デジタルの時代でもその関係性はまだ続きますね。
坂本:日本の歴史やルールを守って作り続けることってとても大事なことです。タイププロジェクトは、ルールを守りながらも「ここは考えていないんじゃない?」というアンチテーゼをなげかけて、フォントとして実現していると思います。たとえばTP明朝は「明朝体に必要とされるもの」という問いへ回答として新しいし、設計思想の部分に共感しています。未来の文字の片鱗を担っているところが、TP明朝を使いたいと思う理由です。
鈴木:これからデジタルフォントは、今まで以上に都市生活の中で重要な役割を果たしていくでしょう。小さな画面での文字ばかりでなく、デジタルサイネージのように大きな文字が街なかに広がるにつれ、サンセリフだけではものたりないようなシーンや場所が増えていくと思います。新しい時代の要求に対して、文字がどうやって柔軟に対応できるか。それはまさしくデジタルフォントが得意としているところですよね。機能面と情緒面のバランスに配慮しつつ、新たな時代の要請に応えていきたいと思っています。
鈴木功 x 坂本政則氏 Pen対談
“書体”のカスタマイズから生まれる可能性。
「(フィットフォントを)実際に試してみましたが、欧文が本来もっている特徴を踏まえ、和文との親和性を見極めて書体を選べるのは、いまだかつてない体験です。その書体を使ってレイアウトされたものは、あまりにも自然で……」(坂本氏)