対談「こぼれ話」WOW 鹿野護氏

鹿野護
1972年 宮城県生まれ。東北芸術工科大学卒業。WOW取締役およびアートディレクターとして、メディアアートや広告などの多様な映像作品や、先鋭的なユーザーインターフェイスを制作。東北工業大学クリエイティブデザイン学科准教授。
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デジタルの世界で文字は

以前同じプロジェクトに関わったことのあるアートディレクターの鹿野護氏とタイププロジェクトの鈴木功が、Pen誌の対談(2015年5月1日号に掲載)で再会。「ほんの少し先の未来」と「もっと先の未来」のUIと文字について語り合いました。以下、Pen誌の記事に収録されなかった部分を紹介します。

ユーザーインターフェイスを変える文字

鹿野:鈴木さんと初めて仕事をご一緒したのは、8年くらい前の携帯電話のプロジェクトでしたね。自分がAXIS Fontを使いたいのと同時に、多くの人に使ってもらいたいという思いがありました。当時、携帯電話各社の文字がバラバラだったので、レイアウトやグラフィックだけではなく、統一した美しい書体で情報を提供しましょうと提案しました。書体がビジュアルに与える変化は非常に大きくて、インターフェイスの印象もがらりと変わってしまいます。デザイナーは「画面のなかで文字を最適に使う」ということを考えていかなければならないと感じています。

鈴木:紙の文字は黒々として押し出しが強い感じがありますが、UIの文字は引き算の文字というか、さりげなくメッセージが発することが好まれるような印象を受けます。

WOWがビジュアルデザインを担当したiWidgets(デザインディレクション:takram design engineering)AXIS Fontを使用

鹿野:AXIS FontはUIに限らず、画面上で見るフォントとして魅力的だと思っています。なぜAXIS Fontを使うかについてスタッフと話すと「トゲがなくて、すっと情報が入ってくる」という言葉がでてきます。余白、建物でいうと窓のような、抜けているところがとても気持ちがいいですね。

鈴木:5年後のUIにふさわしい文字の在りようを考えています。いかにもデジタルというのではなく、自分たちの生活している今、そして、この先にこんな空気感だったらいいなと思うものを書体の中に盛り込んでいます。とくにUIでは、日本語がかっこ悪いからアルファベットにしてしまう、ということが非常に多いですよね。そういうのをなくしていけたらと思っています。日本語であるべきところはちゃんと日本語であってほしいので、どうしたらかっこよくなるか、というのは我々にとって大きなテーマですね。

鹿野:コントラストと横書きは、これからの明朝体では絶対に考えなければならない基準になると思います。今は、書体が画面のデザインを底上げする時代。TP明朝は、デジタル画面を想定して美しさを表現するという新しさをもって颯爽と現れたという印象です。日本の文化、日本の良さを伝えるコンテンツのデザインをするときには、明朝体が持っている味わいがぴったりはまります。背筋がぴんと伸びるような印象を出すことができる。UIや映像コンテンツでゴシック体を使わざるをえなかったところを、これからはTP明朝を使うことができるのは嬉しいですね。

少し先の未来ともっと先の未来

鹿野:家電なども含めて、普段の生活のなかでのUIは、日本人の美意識で作っていくものが増えていくはずです。そのときに、TP明朝のような新しい思想の書体が、新しいデザインを生むきっかけになるかもしれません。

鈴木:鹿野さんの作品には、普遍的な自然の表現のなかに日本に対する強い思いを感じます。デジタル機器の解像度が高くなったことよって、豊かな日本の四季や風土、質感の表現が可能になってきましたよね。日本語の良さを大切にしたメッセージを表現するときに、書体がそれを支える存在でなければ、その言葉を活かすことができません。素材である書体を作っている責任は重いと思っています。

鹿野:作られたモノが記録され再生されるというのがこれまでの映像でした。今では見ているときに生成されるという技法に変わっています。コンピュータグラフィックスもリアルタイムに映像が作られるという、変革の時代を迎えています。文字は背景やサイズなど、さまざまな要素が変容する場所に置かれることになり、デザイナーはそれを想定した設計をしなければなりません。そのときに、ゴシックから明朝まであって、さらにコントラスや字幅を選べるという、ひとつの思想でさまざまなフォントが揃っているというのは非常に強いし、これからのビジュアルデザインに必要不可欠な存在になると思います。「技術を使う表現」として線引きされていたメディアアートが、これまでの美術史と繋がって、本当に美しいものや人間の琴線に触れるようなものを作る土台ができてくる、それがあたりまえになる。そういったときに文字のあり方をどうするかというのは非常に大切で、たぶん表現も変わってくるし、文字に求められる基準も変わってくるのではないでしょうか。

鈴木:「心の琴線に触れる」という視点は僕も大切にしていて、たとえば大声よりも、ささやき声によって伝わることってありますよね。おそらく近い未来のデジタル空間では、そういう書体が求められるのではないかいう気がしています。

鹿野:AXIS Fontは作品中の書体としても使いますが、資料やプレゼンテーションの書体として、チームのデフォルトとして使っています。資料を作っているスタッフのなかでもモチベーションが上がりますし、常に美しいものを使って美意識を共有していくことは重要です。そして、「勝負文字」として意図をスムーズに伝えてくれるので、受注率が上がるいう結果がでています (笑)

鈴木:ありがとうございます。陰ながら貢献できて嬉しいです (笑)

鹿野:コンピュータとUIは、これからどんどん技術的な敷居が下がって文房具のような存在になっていくと思います。そうすると、画面が好きだから、あるいは文字が好きだから買うということが起きてくるのではないかなと。そのときに、いままでデジタルの世界で積み重ねてきたさまざまな努力が結実して、日常を支えるインフラのようになるのではないでしょうか。それは、少し先の未来というより、もっと先の未来ですね。

鈴木:今は技術が前のめりでむき出しな感じがちょっといやだなと思っています。技術がこなれてきたときには、文化の多様性を蓄積している日本の強みを発揮できると思うし、活したいですよね。文字は文化や歴史を引き継ぎながら、環境や技術に応じて形を変えてきました。そのバトンを受けとる立場にいるという意識を大事にしていきたいです。

WOWの代表的な作品
左:Light Rain、右:工場と遊園地