対談「1文字から1万文字までの話」(色部義昭×鈴木功)から

文字とデザインの背景にあるもの

「クリエイションギャラリーG8」の30周年を記念したトークイベント「30話」は、同ギャラリーにゆかりのある30人が、それぞれの対談相手を指名する形式で開催中です。2016年2月25日の回には、日本デザインセンターの色部義昭氏からタイププロジェクトの鈴木功をご指名いただき、「1文字から1万文字までの話」と題した対談が行われました。そこから、主に鈴木の発言を、いくつかピックアップしてご紹介します。

色部:ふだん鈴木さんとお話ししていると、非常に考え方が近いなあと感じることがあります。たとえば、文字を作るときに、単純にどんな文字を作りたいというのではなくて、その文字が実際に使われる背景を見つめて、そこにどういうものが必要になるかという部分から考え始めるとか。その一方で、僕の場合、グラフィックデザインという、どちらかといえば期間の短いものを考えていくことが多いのですが、鈴木さんの場合、ずっと使われていく書体、いろんな人が思いもよらないような使い方をしたりする文字というものをデザインをされている。それはグラフィック的な仕事でありながら、むしろプロダクトデザインに近いなという感覚があって、そのあたりの話を聞いていると、個人的にとても面白いので、今日は対談という形式ですが、鈴木さんの話が聞きたいなと思ってお招きしました。どうぞよろしくお願いします。

鈴木:色部さん、ありがとうございます。今回の対談については、色部さんと打ち合わせを進めるなかで、ちょっと変わった趣向でやってみようということになりました。色部さんと僕が順番にそれぞれの作品をプレゼンテーションするのではなく、文字が、1文字から10文字、100文字、1000文字と増えていくときに、書体デザインあるいはグラフィックデザインにおいて、どういうふうに考え方が変わっていくのか、という点を軸にしてお話ししていきたいと思います。

「まるはち」と金シャチ黒字

鈴木:書体デザインでは、1万文字とかを作るわけですが、最初はたった1文字からインスピレーションを得るということもあります。いまスクリーンに出ているのは「まるはち」と呼ばれる名古屋市の市章で、名古屋の人にとっては見慣れたマークなんですが、さかのぼると江戸時代の尾張徳川の合い印として使われていたものです。

僕は名古屋生まれで、小さい頃から「まるはち」が目になじんでいます。この文字の、ちょっと専門的な言葉になりますが、筆法、筆遣いを展開したのが、ご覧の「金シャチ黒字」という書体の「金」という字です。僕はふだん青の水性ペンでいきなり文字を描いていくのですが、今回は黒々とした文字だったので、途中で黒いペンに切り替えました。「金シャチ黒字」は、2010年くらいに作り始めた書体で、まだ完成していません。

コーポレートスローガンのための文字

鈴木:ロゴデザインでは、数文字をひとかたまりとして捉えます。ご覧いただいているのは、2005年くらいにPOLAから依頼を受けて作ったコーポレートスローガンのための文字です。その後5年間くらい、テレビCMなどで使われました。書体というのは世に出るまでに長い時間がかかります。僕の手元で眠っている試作の書体がたくさんあって、これも、そのひとつでした。POLAのプロジェクトの4年前の試作、そしてそこからさらに3年ほど前の試作が存在するのですが、段階を経るごとに、より洗練された印象になるようチューニングしています。

この文字は、書体の様式でいうと宋朝体の流れを汲むものです。宋朝体は中国の宋の時代を起源とする書体ですが、そこからさらに、顔真卿という唐代の書家にまでさかのぼることができます。ひとつの書体が、切れ目なくつながっていくわけです。僕は書体を作るときに、そこに書体の歴史を重ね合わせたいなあと思っています。

東京の街区表示板のための文字

鈴木:東京の新しい街区表示板を提案したいんだという思いを色部さんから聞いて、タイププロジェクトは、東京シティフォントを提供するという形で協力しました。現在日本で、サインシステム用に特化したフォントというのは非常に少なくて、無難な書体が使われていることが多いんです。電車を待っているときなど、僕は必ず案内表示を見るんですけど、単に読みやすいだけでなく、もう少し文字に表情があってもいいのになと、いつも思っています。

色部さんのデザインされた街区表示板では、大小の文字が混在していますが、同じ太さの文字を小さいサイズで使うと、見る人は、細く、弱く感じます。だから、この東京シティフォントには、大きく使うためのものと、小さく使うためのものと、2つあるんです。小さく使うほうが「スモール」で、ちょっと太くしてあります。さらに大きく使う「ラージ」のほうが、先端部を細く、抑揚を大きくしているんですね。つまり、大きくしたときに、表情がより豊かになるということなんです。

色部:それって、言われなければ気がつかないことですよね。むしろ上手にやればやるほど誰からも気づいてもらえないっていう、不思議な状況ですよね。

鈴木:なので、このような場で、お話しさせてもらっています(笑)。

テキストを組むための書体、AXIS FontとTP明朝

鈴木:AXIS Font は、「AXIS」というプロダクト系のデザイン雑誌のために開発されたフォントです。それまで「AXIS」誌で使われていたのは新ゴシックという書体でした。当時の僕が思っていたのは、もっと風通しのいいサンセリフのフォントがあったらいいんじゃないのかというものでした。サンセリフは、線だけで構成された書体ですが、それでも、たとえば曲線の質の違いだけで、印象はまったく変わってくる。これが、書体デザインの醍醐味のひとつです。

TP 明朝は、2年前に発表した明朝体です。これまで明朝体の主な舞台は、紙で、縦組みでした。これからのフォントの使われ方としては、デジタル機器のディスプレイで、横組みという機会が多いのではないか。そこではどんな明朝体が求められるのか、というのがTP明朝のチャレンジです。なので、デザインの方針は横組みに特化しています。これまで書体デザイナーが割り切れなかった部分を、本当に振り切って作りました。AXIS Fontには字幅の軸がありますが、TP明朝にはコントラストという軸があります。デジタルの世界では、環境によっては細い横画が飛んでしまうので明朝体が使いづらいという状況がありました。それはもったいないですよねということで、いまの時代に明朝体の新しい出番を作りたいというのが、この書体の大きな狙いです。

色部:AXIS Fontのコンデンスが出たときは衝撃を受けましたが、TP明朝の「骨格を変えずにコントラストを変える」というアプローチにもびっくりしました。目の前にある形をどうしようかということではなくて、背景にある条件を追い込んでいくことでデザインの可能性を見出していく、そこによろこびを見出しているところが一緒だなと感じました。