「色部義昭:WALL」展のギャラリートークから・その2

シビックプライドが都市を変えていく

「色部義昭:WALL」展(2015年9月2日から28日までギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催)のギャラリートーク第2弾「世界のシビックプライドについて」には、色部義昭氏(日本デザインセンター、グラフィックデザイナー)、紫牟田伸子氏(編集家、プロジェクトエディター、デザインプロデューサー)と鈴木功が出演。最初に紫牟田氏がシビックプライドの考え方と世界の事例を、続いて鈴木が都市フォントを紹介し、色部氏へとつなぐという構成でした。そこから、いくつかの発言をピックアップしてご紹介します。

色部:以前、同じ職場の先輩だった紫牟田さんから渡されて読んだ本を通じてシビックプライドという考え方に触れました。この本がすごくおもしろくて、日本では都市のデザインが議論される機会が少ないなか、自分がグラフィックデザイナーとして、いつかそういうことに携わりたいなと考えるようになりました。今回ギャラリーの1階で展示している街区表示板のプロジェクトは、僕なりにシビックプライドを意識して行ったものです。

紫牟田:2005年くらいにシビックプライド研究会を始めました。そして、シビックプライドって何だろう、世界で何が起きているんだろうというのを調べてまとめたのが、2008年に出版した本です。シビックプライドという言葉を日本語に直そうとすると、あまりうまくいかなくて、たとえば「郷土愛」と訳してしまうと、ちょっと違う。都会には、働きにくる人も、遊びにくる人もいて、それで街がおもしろくなっているわけです。だからシビックプライドというのは、そこで生まれ育った人だけのものではなく、「この街に関わっている」という当事者の思いなんじゃないか。それが、そのときに考えたことなんですね。

デイヴィッド・ミリバンドというイギリスの政治家によると、現代では人やコトが都市を象徴するものとなってきていて、都市を活性化するためには人の心を活性化しなければならない。だから都市の再生には、人の心に生まれ育まれるシビックプライドがとても大事だということを言うんですね。今回の色部さんの提案は、標識、そして文字という根幹の問題で、それが少し変わるだけで街の構造も変わってしまうという発見があって興味深かったです。指示標識は、都市構造そのものの提示だと思うんです。街区表示板が清々しさをもってデザインされていることが、都市のあり方へと人の意識を向けていくきっかけになるかもしれません。

鈴木:紫牟田さんの監修されたシビックプライドの本には大きな影響を受けていて、まだ都市フォントのアイデアがふわふわしていた時期に、この本に出会ってプロジェクトの骨格を固めることができました。新刊の「シビックプライド2」には、僕も執筆者のひとりとして都市フォントの事例について紹介しています。

都市フォントのひとつである濱明朝は、横浜開港150周年に当たる2009年から取り組んでいるプロジェクトです。この書体は、みなとみらいから見た横浜の景色から生み出されました。横画に横浜を象徴する氷川丸のフォルムを取り入れているほか、細部には風にはためく旗のイメージなどを盛り込み、港らしさを演出しています。また、明朝体のイメージは、横浜開港に続く文明開化において大きな役割を果たした金属活字とも重なります。

金シャチフォントは、僕の生まれ故郷である名古屋のプロジェクトです。ディティールには、金シャチのピチピチしたかんじというか、硬直化しがちな明朝体に動きを取り戻すような感覚を取り入れて作っています。キーワードで言えば、デコラティブ、ゴージャス、反り、巻き。それを名古屋のアイデンティティだと言ったら怒られるかもしれませんが、「ちょっとやりすぎてしまう」気質を書体で表現できたらおもしろいのではないかと考えています。

今回の街区表示板のための東京シティフォントでは、江戸から現代の東京へと受け継がれている人々の気質・好みを書体の属性へと置き換えることで、結果として金シャチフォントとは対照的なテイストとなりました。飾りのないサンセリフ、ウエイトは軽め、プロポーションはやや縦長でほっそりしたイメージ、そこに筆で書いたような抑揚を入れて勢いを加味しています。

色部:サインには、案内機能の向上、街歩きの推進といった働きがあります。加えて、たとえば家でもどこでも、散らかっているとその場に対する関わり方が雑になっていくと思うのですが、きれいに整えると、ていねいな気持ちで接するようになる。サインには、そういう働きがあると思っています。最小点、小さなポイントでも、変えることによって、まわりのものや空間が愛でられるようなシーンができていくのではないでしょうか。

海外の例を見ると、ロンドンのサインシステムは、書体に特徴があります。地下鉄用に作られたジョンストンという書体が、次第に市民権を得て、ロンドンらしさを醸成するひとつのアイテムにまで成長しています。ロンドンでは2012年にオリンピックがあり、その前に「Legible London」というスローガンのもとで公共サインの整備を行いましたが、ここでも同じ書体が使われています。僕は最初、このサインシステムは観光客のために作られたのだと思っていたのですが、実は「市民が歩くことで健康になる」というテーマがあったことを最近知りました。実際に歩くことが促進されれば、通り沿いの商店に目がいくことになり、経済効果も期待できる。デザイン的にもすばらしいですし、参考になる事例だと思います。

ひとつの新しい書体の歩みは、最初はひとりのデザイナーがそれを採用するってことで始まるかもしれませんが、さまざまなメディアに展開されることで、すごい勢いで浸透していくイメージがあります。都市のデザイン的なイメージを作り上げていくためには、書体を作るのが一番近道でコストがかからない。それも、今回のプロジェクトを通して発見したことのひとつです。