東京で増殖する文字
タイププロジェクトは、「色部義昭:WALL」展(2015年9月2日から28日までギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催)に書体制作という形で協力しました。9月4日のギャラリートーク「東京のブランディングについて」には、色部義昭氏(日本デザインセンター、グラフィックデザイナー)、永井一史氏(HAKUHODO DESIGN代表、アートディレクター)と鈴木 功が出演。そこから書体についての発言をピックアップしてご紹介します。
色部:都市のサインプレートは、案内の機能を果たしているだけでなく、街の雰囲気を作っているものなのではないかと感じていて、そのなかで、書体のかもしだす雰囲気、あるいは書体の浸透力に注目せざるを得ません。文字というのはキーボードから打ち込むだけで、そのデザインがどんどん増殖していくんですね。そういうしくみを理解すると、ちゃんとした書体を用意して、その書体をサインに展開することで、街全体のデザインをスムーズに変化させることができるんじゃないか。
僕が東京という都市のサインデザインについて考えているとお話ししたところ、鈴木さんのほうでは都市フォント構想の一環として東京の書体について考えているということを聞いて、ぜひお手伝いしていただけないかということで、今回、東京シティフォントを提供してもらったという経緯です。
鈴木:都市フォントとは、簡単に言うと、地域の特色を取り入れた書体です。都市のアイデンティティを強化するようなツールとして、フォントを活用してもらいたい。そのような取り組みのなかで気づかされたのが、街のいたるところにあるサインの重要性です。書籍の本文用の書体にはたくさんの選択肢がある一方で、サインシステム用に開発されたフォントというのはほとんど存在しません。これは重要な欠落だという思いから、開発を進めていました。そんなときに、色部さんから「東京の街区表示板のための書体」というお話があったのです。
フォントのデザインを考える上では、街区表示板を「街々の表札」と位置づけました。そこに記される地名は、土地の来歴を示すものですから、東京シティフォントは、江戸から東京へとつながっている文化、伝統、好みを反映させたものにしたいと考えました。
色部:試作版の東京シティフォントを街区表示板に入れてみたときには、「あ、ほんとに東京だ」と見た瞬間ビビッときました。われわれグラフィックデザイナーは日々書体を使ってるわけですが、まだ誰も使ったことのない書体を最初に使うというのは、なかなか得られない感動的な体験でした。
永井:色部さんのデザインされた街区表示板のフォーマットは、非常に抑制されたものですよね。そのなかで、鈴木さんの特徴的な書体が使われている。このあたりのバランスは最初から計算済みだったのですか。
色部:必ずしもそうではなく、ハッとさせられたという側面もあります。どんどん削ぎ落とす方向で考えていくと、東京シティフォントのようなデザインにはならないですよね。文字なんですけれど、華があるというか。ほんのりとした残り香みたいなものって大切で、この書体を通して街区表示板の貼られた周囲の空気が変わってくるような、そういう状況が浮かんできます。
永井:一般に表示板というと、文字も大きく太くというデザインになっていることが多いと思うのですが、このプロジェクトでは繊細な文字が使われていますし、文字のサイズも従来のものよりも小さいですよね。物理的なサイズと、そこから読み取れることの違いについてはどうお考えですか。
鈴木:それはまさに今日的な課題につながっていて、大声で話してもまわりの音にまぎれてしまう雑踏のなかで、たとえば鈴の音がピーンと通るように、街中の雑然とした風景のなかに置かれる書体には「大きな声」よりも「聞き取りやすい声」であることが求められていると思います。