New Graphic誌(中国)
New Graphic誌は中国SeeCoo社より国内外の現代グラフィックを紹介し研究する雑誌として発行されています。専門家としての視点からグラフィックデザインの精神とその意味を探求し、中国国内の産業の発展と開発および新しい作品や新進のデザイナーにフォーカスした記事も多く掲載されています。
1. 日本語書体の開発について教えてください。
仮名を制作するツールは主に Adobe Illustratorを使用し、漢字の制作には 独自開発ツールを始め、いくつかのアプリやプログラムを連携させて使用しています。書体制作にあたるデザイナーは四名前後で、Adobe Japan1-3の文字セット(9,354字)をつくるのにおおよそ一年半から二年ほどかかります。三年後に必要とされる書体はどんなだろう、十年後に広く使われるのはどんな書体だろう、という問いかけが書体開発の出発点になることが多いです。より大きな視点でいえば、書体の歴史的な展開ということも考えます。
2. 「文字の可能性を広げたい。それがタイププロジェクトの原動力です」とあります。その意味を教えてください。
もっと文字が活かされてもいいのになという場面や、文字を活かせばもっと良くなるのになという場面によく出会います。そこに我々は大きな可能性を感じています。
3. 一番好きな、もしくは記憶に残っているタイポグラフィの作品はなんですか?
1988年大学二年生のときに奈良県立美術館で観た田中一光さんの「代」と「典」を大胆にトリミングしたポスターです。
4. 書体づくりにおいて、手描きとコンピュータはどのように使い分けていますか?
日常的に新しい書体のアイデアスケッチを手書きで行なっていますが、フォント開発の90%以上はパソコン上での作業になります。
5. 多くの人が、手書きするのではなくコンピュータやモバイルを使用しています。そのことについてどう思いますか?
世の中の流れを変えるのはむずかしいと思いますが、書体をつくる側の人間としては、書き文字の魅力をどのようにデジタルに取り入れるかは興味深いテーマだと考えています。
6. 漢字やひらがな、カタカナ、そして欧文フォントを制作する際の難しさはありますか?
とても大変ですが、そこが面白いとも言えます。
7. 日本では、書体デザインの権利が厳密に守られていると思いますが、いかがでしょうか。
タイプフェイスの権利は法律的に守られているというより、ネット時代のモラルによって制御されていると感じています。根本解決には、不正コピーに対する技術的な防御が必要ですが、ユーザーの利便性との兼ね合いから、最善と思われる解決方法は日本でもまだ見つかっていません。
8. 中国では、書体デザインの商業的な宣伝や発展は成功していません。このような状況をどう思いますか、またソレに関して提案はありませんか?
商業的・経済的な問題が横たわっているとしても、個人の強い思いがブレークスルーをもたらすと信じています。中国の書法史に顔真卿や蘇東坡や黄山谷がいるように。彼らの功績をみると、逆境が言葉や文字を磨くという考え方もあり得ますし、勇気づけられるのではないでしょうか。
9. 都市フォントプロジェクトは日本で広く受け入れられていると思います。とても綺麗な書体だと思います。中国では、都市景観や公共のビルに統一感が無いことをどう思いますか?良い解決策はあるでしょうか?
都市はたいていの場合多彩な顔をもっていますので、ひとつのタイプフェイスで表現することは困難です。ヒントは書体ファミリーの構成にあるでしょう。書体ファミリーのあり方自体が、その都市らしさを表す重要な鍵を握っています。金シャチ明朝は名古屋のお金持ちのお嬢さんをイメージしていて、金シャチ黒字はより古い名古屋の文化習慣になじんだ人たちの声をイメージしています。
10. 最近のアプリケーションで使用される書体はどうあるべきだと思われますか?
デジタルフォントだからこそできることを突き詰めて考えれば、そこには大きな可能性があると思います。しかし新たな試みには技術的な課題がつきものですので、優れたエンジニアの協力が不可欠でしょう。
11. 書体デザインは、文化や商業ビジネスにどのような影響を与えると思いますか?
より広く社会生活で役立っているフォントは、すぐれているものほど目に留まりにくい傾向がありますが、たとえば十年後には、結果としてその時代の空気や好尚を表現する重要な要素であることが分かります。
一方、商業的な環境における書体は、短時間でより多くの人の気を惹きつける効果が求められます。これもまた時代の要請するところですし、そこからしか生まれない書体があることを思えば、文化を重んじる書体と商業を重んじる書体の軽重は、それを判断する人の価値観によるでしょう。
私は書体づくりの背景として歴史や文化を考えることを好みますが、商業的な側面を考えずに書体開発をしたことはありません。なぜなら、社会文化と商業環境を分けて考えることは難しいからです。
12. 今後、どのような書体デザインが流行ると思いますか?
ひとつの方向としては、よりリッチでゴージャスな表現の書体が求められるでしょう。一方、シンプルで合目的的なフォントが汎用性を獲得する傾向は今後も続くだろうと思います。
13. 書体デザイナーが、社会に対して持つべき責任とは何だと思いますか?
フォントをリリースすれば社会的な責任は不可避なことがらですので、私が意識するのは、書体デザイナーの文化的な役割と、エンジニアとの恊働による技術的な解決と前進です。
14. 最近の学生たちは書体デザインに対する情熱をもっていると思いますか? 将来、彼らは書体デザインに携わることができるでしょうか?
日本ではここ数年、書体デザインに熱い視線が注がれています。それに呼応するように書体デザイナーを目指す人が増えていますが、書体開発の大変さやフォント業界の経済的な課題を分かっている人はほとんどいないと思います。当然のことでしょう。書体開発の九割がたの時間は地味でしんどい作業です。その作業を楽しむ人もいれば、耐えられない人もいます。ひとつ言えることは、書体デザインを長く続けている人たちの何割かは、自分の仕事に意義を感じ、苦労しながらも作業自体を楽しんでいるということです。
回答者:鈴木 功