欧文書体設計家 小林 章氏

一問一答

日本のタイプファウンドリー、ヨーロッパのタイプファウンドリー、比較して何か異なる点はありますか?

ヨーロッパでは3〜4ヵ国語は話せるという人が珍しくありません。だからセミナーやコンファレンスなどがどこかであると、みんなどんどん出かけていって情報を集めたり宣伝したりしている。みなさん行動力があります。

スタンダードの地位を築いた欧文書体がライノタイプ社から次々と改刻されています。その意義と欧米での評価をお聞かせください。

「スタンダードの地位を築いた」書体がけっして品質的にすぐれているわけではない、これは私がフリーランスの時代からずっと思っていることです。「間に合わせ」というと言葉は悪いがそんな感じさえ抱かせる書体もなかにはあります。DTPの環境は年々飛躍的に進歩している。一方でデジタル書体は十五年前のソフトウェアやプリンタに向けたものをそのまま使っている。

考えてみれば大変おかしなことなので、ライノタイプ社がプロ向けのフォントをまったく土台から作り直しているのは理にかなっているわけです。先頃もOptima nova についてのインタビュー記事の協力依頼がアメリカのグラフィック雑誌「STEP」からあり、原稿の校正が手許にあります。デジタルになって活字鋳造機や写植機の機構的な制約から解放されたのに、いつまでも不自然さを感じさせる活字のデザインを引きずっている必要はないという社の方針を明確に書いてくれてそれについての解説も細かくついています。

Optima novaのアピールポイントをお聞かせください。

ひとことで言えば、よりエレガントに、より使いやすくなりました。以前の Optima の字間のまずい点を徹底的に洗い出して改良しました。これまでの Optima を使っていたグラフィック・デザイナーは字並びの調整に苦労していたのではないでしょうか。タイプディレクターとして Optima 改刻にあたって一番先に考えたのは、機械的な制約がなくなった今、Optima はどういうデザインであるべきか、ということです。今回の改刻で、活字本来のデザインに戻したほうがいい文字はそうしましたし、またある文字はまったく新しいかたちにしてあります。コンデンス体などこれまでになかったバリエーションも付け加えました。プロのデザイナーが組んでみて満足のいく、Zapf 氏が望んでいたとおりの Optima を作ることができました。古い書体の単なる焼き直しでないことは、プロの方にはわかっていただけると思います。

プロジェクトとして見たときのAXIS Fontについてお聞かせください。

まず、日本語の書体デザイン界では画期的なことです。海外ではこうしたことは百年前からありましたし日本でも新聞社が自社のフォントを開発することは前からありましたが、一雑誌が独自のフォントで組まれるというのはそれだけで日本の書体デザイン界の歴史に残る重要な仕事でした。

和欧混植のなかの欧文書体、単独で使用する欧文書体、デザインするうえで何がことなりますか?

まず基本的な画線の太さが違います。日本語の標準的な本文用書体は欧文のそれと比べてだいぶ細めに作られます。ローマン体ではこの点がはっきりわかります。だからリュウミンのような明朝体に Times Roman のような黒みの強い書体を組み合わせても欧文の部分ばかり目立ってしまいます。つぎに字間です。日本語の標準的な本文用書体は仮名が小さめに設計されていて、それを普通は字間ベタで組む。文章を見ると仮名どうしの間に広い空きがあって、それも一定でなく密度が多少ばらついている。通常の文章では仮名のほうが漢字より頻繁に出てくるので私達はその仮名どうしの間の広い空きに慣れている。だから仮名に合わせても調和するよう、和欧混植のなかの欧文書体の場合は字の間は広めに設計します。

これまで日本で関わってこられた書体のなかで、AXIS Fontに対する小林さんご自身の評価と、これまでの日本語書体のなかの欧文と比較して、デザイン上ユニークな点などありましたらお聞かせください。

書体の評価は比較するとわかりやすいのです。それまでの新ゴシックとくらべるとAXISフォントは格段にいい。たぶん今の読者は前の新ゴシックにもどしたら面喰らってしまうでしょう。欧文としてのAXISフォントのユニークな点としては、これまでの和文書体付属の欧文にはない新しい雰囲気を持っていることです。写植の時代には日本語書体のなかの欧文といえば、明朝体はセンチュリーに似たもの、ゴシック体はヘルベチカに似たもの、と相場が決まっていました。デジタルの時代になって変わってきてはいましたがわりと控えめな味付けのものが主流でした。良くも悪くもあたりさわりのない欧文書体というわけです。AXISフォントの欧文のユニークな点は基本的にその流れとは別の目的、ある種のヨーロッパ的な雰囲気を作り上げるという目的を持っていた点です。雑誌の内容が限定されていて、鈴木功さんの意図も明確であったからこそ実現したのです。

AXIS Fontの和文について小林さんのご感想をお聞かせください。

サンセリフの特性を活かしてウルトラライトを作り、それを誌面で使用した時の効果も充分考えて「デザイン誌らしさ」を表現するのに成功した書体です。見出しに使った場合にスッキリと現代的でありながら、本文にしたときにも落ち着いている。もちろん万能と言うわけにはいきませんが、「AXIS」のようなデザイン誌を組むのには一番ふさわしい書体です。

小さなタイプファウンドリー、大きなタイプファウンドリー、それぞれの特徴と、その期待するところをお聞かせください。

今は活字の時代と違って、たったひとりでもコツコツとやって大きなファミリーを完成させ販売することが可能ですから、新書体の開発という点では大きな違いはないと思います。ただライノタイプのような大きいファウンドリーは、Helvetica や Univers のような昔からのいわゆる「定番」の書体の版権を持っているので改刻や活字書体のリバイバルができます。私はモノタイプ社に「定番」書体の改刻を期待したいのですが、残念ながらしばらくはそういったことはなさそうです。

タイプデザインを志す人に推薦したい書籍とその理由をお聞かせください。

けっこう知られている本なので、もう御存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、Walter Tracy 著「Letters of Credit(Gordon Fraser, London 1986)」です。デジタル以前のタイプデザインについて一册だけ選べといわれたら、私は躊躇せずにこれを選びます。活字鋳造機や写植機の機構的な制約についても書いてあるし、文字の字間(スペーシング)のことについても実にわかりやすく説明されています。

タイプデザイナーにとって大切なことは?

たくさんいいものを見て、それを頭の中に入れておくことだと思います。いいものとそうでないものをどうやって見分けるか、それは第一には自分でペンでも平筆でも持って文字を書いてみること。つぎに書体デザインの本をたくさん見ること。見分けかたのヒントがたくさん書いてあります。
(December 2002)

小林 章
1960年新潟市に生まれる。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業。1983年から約6年間株式会社写研で写植用文字デザインを担当。1989年から約一年半のあいだ英国にロンドンにてカリグラフィの勉強をするかたわら、図書館などで活字のデザインやタイポグラフィについて学ぶ。1997 年にフリーランスとなる。ニューヨークの International Typeface Corporation との契約で同年春に 4 ウェイトの本文用/見出用書体ITC Woodland が発売され、以来海外の書体メーカーの書体制作を中心におこなっている。 1998年に視覚的な大きさのファミリー展開を試みた本文書体 Clifford が米国のコンペティションで本文部門1位・最優秀賞を同時に受賞する。2001 年春より、Linotype Library 社(現Linotype社)の Type Director としてドイツに渡る。主な職務は、書体デザインの制作指揮と品質検査、新書体の企画立案、書体コンテストなどの際の書体の選定、コーポレート書体の提案と制作、など。