
TPアプリコット開発ストーリー
この開発ストーリーでは、TPアプリコットができるまでにどんな道のりがあったのか、制作に携わったデザイナーの視点からお話ししていきます。

「シズル」感をまとったデザイン
TPアプリコットは、もぎたての果実をテーマに制作した書体で、個性と読みやすさを両立させたデザインを目指しました。
開発の初期段階から、「シズル感」というキーワードを軸に、食品や飲料のパッケージでの使用を意識しながらデザインの検討を進めていました。文字組みから、フレッシュさやみずみずしさといった「美味しさ」を感じられるようなデザインを目指し、どのような文字の形に落とし込むか、試行錯誤を重ねながら制作しています。
文字組みのテストの際にも、食材・料理などの名前、食品パッケージでよく目にする形容表現やオノマトペなど、食に関連するワードを用いて組版資料を作成し、デザインの方向性の確認をしていきました。

筆記具とデザイン
TPアプリコットのデザインには、手書きの風合いを取り入れています。筆やマーカーなどの筆記具とインクで描かれる線から着想を得た文字の骨格や細部の形状が、全体にやわらかく、親しみやすい印象を与えています。
この書体のファミリーにはコントラストの異なるスタイルがあり、それぞれでモデルとした筆記具や書法も異なります。また、漢字・ひらがな・カタカナ・欧文といった文字種ごとの構造に合わせて、さまざまなアレンジを加えています。
手書き文字の特徴を参考にしながらも、固定のルールにとらわれすぎず、時には斬新な形状も取り入れながら、全体のテーマである「シズル感」を表現するのにふさわしい形を探っていきました。その試行錯誤の末に、TPアプリコットならではの新鮮なデザインに辿り着いています。



欧文先行の制作
TPアプリコットの開発は、欧文のデザインからスタートしました。まず欧文の方向性をある程度固め、その後に漢字や仮名のデザインへと進めていく、という順番です。和文書体の開発では、漢字や仮名からデザインを始めることが多いため、欧文先行というのは少し珍しい進め方かもしれません。
漢字や仮名に合わせて欧文を制作する場合には、全体のトーンや形状など、ある程度の基準となる要素があらかじめ与えられています。一方でTPアプリコットの欧文では、「シズル感」というキーワードのみを手掛かりに、デザインを考え始めました。
最終的には和文書体の中で、漢字や仮名と一緒に組まれることが決まってはいましたが、欧文単体としても面白さのある書体にしたいと考えていたため、従属欧文というスタンスではなく、スクリプト系の欧文ならではの表情を目指して試作を重ねていきました。

斜体バリエーションの検討
欧文書体としての魅力を引き出すアイデアのひとつとして、開発初期にはわずかな傾斜がついたデザインで制作していました。
欧文書体における「文字の傾き」は、手書きの風合いを取り入れる際の大きな要素の一つで、傾き具合によって、文字を書くスピード感を表現することができます。手書きの書風をモデルとしたイタリックや筆記体などでも、右側に傾斜したデザインは一般的によく見られます。
TPアプリコットは、大きく傾斜したカリグラフィックな速記体を目指した書体ではありません。
しかし、手書き由来のニュアンスを落とし込む上では、わずかな傾きがある方が自然な印象を与えられると考え、初期段階では2〜3度ほどのゆるやかな傾斜をつけたデザインを採用しました。

その後、漢字や仮名の開発が進む中で、改めて欧文の傾斜角について検討する必要性を感じ、直立した正体から、かなり傾斜をつけたものまでいくつかのバリエーションを試作しました。

その中で、やはり和文書体としての読みやすさや全体のバランスを考慮し、正体が最終的な欧文デザインとして選ばれました。
筆記具の特徴を取り入れたデザイン
手書きの筆致を感じさせるデザインを目指すにあたり、いくつかの具体的な筆記具を想定し、それぞれの筆記具で書かれた線のかたちを、文字の細部表現の参考にしました。
TPアプリコットはウエイトもコントラストも幅の広いファミリーです。それぞれのスタイルの特性を活かし、魅力を最大限に引き出すため、スタイルごとに異なる筆記具をモデルとしています。
ローコントラストの細めのウエイトでは、太さの抑揚を抑えつつ、要所にインクや筆圧の質感を表すことができるマーカーやフェルトペンを想定しました。太めのウエイトでは、より太い線でやわらかさやしなやかさを演出できる丸筆をイメージしています。ハイコントラストでは、ローコントラストの持つやわらかな雰囲気を損なわずに、太い細いのメリハリを保てる平筆のニュアンスを取り入れました。

特徴的なのが、起筆・終筆のかたちです。筆書きを思わせる先細りの形状と、果汁の雫をモチーフにした丸みのある形状を掛け合わせることで、新鮮な果実のぷるんとした質感や、みずみずしい果汁が滴るような「シズル感」を表現しています。

文字全体の骨格は、ころんとした果実をイメージした丸みのある形を採用しました。直線にも緩やかなカーブを取り入れることで、手書き特有のやわらかさを表現しています。スタイルごとに線の抑揚や細部の形状に違いはありますが、ファミリーとしての統一感を出すため、骨格はどのスタイルでも大きく変えないようにしています。

異なる筆記具をモチーフに、レンジの広い多様なスタイルを一つのファミリーとしてまとめていく作業は簡単ではありませんでしたが、それぞれの筆記具が持つニュアンスと、全体のテーマである「シズル感」を意識しながら、文字の骨格、細部のパーツのバランス調整を重ねて、統一感のあるデザインに仕上げていきました。この書体ならではの、みずみずしくやわらかな雰囲気を感じていただけたら嬉しいです。


縦画横画の太さの抑揚、S字カーブ
欧文のデザインがある程度固まった段階で、それに合わせた漢字の制作をスタートしました。
和文書体の文字セットの中でも、漢字は欧文や仮名に比べて直線的な印象の強い文字です。そのため、欧文デザインが持つ「やわらかさ」を、漢字の中でどのように表現するかが大きな課題でした。
起筆と終筆には、欧文由来のぽってりとした丸みのある形を取り入れることで、欧文との統一感を持たせています。しかし、水平・垂直のまっすぐな線にはどうしても硬さが残ってしまいます。そこで欧文と同様に、縦画・横画に太さの抑揚と緩やかなS字状のカーブを加え、よりやわらかな印象になるよう調整しました。


欧文先行ならではの課題
起筆・終筆や線の抑揚など、欧文が持つ特徴を漢字のデザインに落とし込んでいく作業は、想像していた以上に手間のかかるものでした。
試作段階では、欧文の印象をそのまま活かした、やわらかさと抑揚の強いデザインを試していました。しかし、漢字は欧文に比べて、1文字あたりの画数が多い文字です。そのため、欧文での抑揚の付け方をそのまま漢字に当てはめると、個々のストロークの形は綺麗に見えても、文字全体としてはくどい印象になってしまいます。


さらに、漢字の中でも画数の多いものと少ないものとでは見え方が異なり、ウエイトのバリエーションによっても文字の密度は大きく左右されます。
試作の初期は、欧文と濃度を揃えた方がデザインの検討がしやすいと考え、画数の少ない文字で試作を進めていました。そのため、しばらくして画数の多い漢字を試した際、想像以上にバランスが崩れて見えたことには驚かされました。
画数やウエイトによって変化する文字の密度に合わせて、ストロークの太さやカーブの抑揚をどのように調整していくべきか、ベストなバランスと、そのための調整方法を探るため、試行錯誤を重ねていきました。

ハライや点のデザイン
欧文のデザインを漢字に反映させていく中で、もう一つ試行錯誤を重ねたのが、漢字特有のパーツの形状でした。
TPアプリコットの欧文は、手書きらしさを感じさせながらも、特定の書法やルールを一律に当てはめない、独自のデザインを採用しています。そのため、欧文には存在しない一方で、漢字特有の筆画形状については、細部の表現をいちから検討する必要がありました。
わかりやすい例が、点とハライのデザインです。点では起筆の向き、ハライでは(主にローコントラストで)どの程度抑揚をつけるのかなど、いくつかのバリエーションを試しました。その結果、点は上から入る起筆、ハライの終筆は末広がりで、筆の粘りを感じさせるよう角に張りを持たせた形に落ち着きました。

そのほかのパーツについても、起筆・終筆の向きや抑揚の強弱などをひとつひとつ検討しながら、それぞれにふさわしい形を探り、漢字専用の新たな基準を作り上げていきました。
ウエイトごとに懐の大きさが異なる骨格
TPアプリコットの漢字では、ストロークやパーツの調整に加え、ウエイトのバリエーションに応じて、骨格の引き締め具合を少しずつ変えるという独自の試みを行っています。
一般的な漢字のデザインでは、すべてのウエイトでカウンターの大きさを適度に保ち、全体サイズやフトコロのバランスに大きな差が出ないように設計されます。骨格が同じままウエイトを太くしていくと、一画一画の線幅が太くなるにつれて、混んでいる筆画同士のすき間も狭くなってしまいます。また、文字のサイズも大きくなり全体に広がって見えてしまいます。そのため、細いウェイトより太いウェイトの骨格を少し引き締めるのが、オーソドックスな骨格調整の方法です。


しかし、TPアプリコットでこの方法を試したところ、細いウエイトと太いウエイトで印象に差が生じてしまいました。特に細いウエイトのフトコロが大きく見えすぎて、表現したいイメージよりも、どっしりとした印象を受けたのです。そこで、より軽やかさを感じられるよう、太いウェイトよりも、細いウエイトの骨格を少し引き締める調整方法を採用しました。

印象差が生じた明確な理由をうまく言語化することはできませんが、骨格を調整したことで、どのウエイトでも安定して見えるデザインに仕上げることができました。



欧文・漢字に合わせたデザイン
欧文と漢字のデザインがある程度固まってきた後、ひらがなとカタカナの制作が始まりました。TPアプリコットはひらがなとカタカナで担当者が違いますが、ここではひらがな制作を例にデザインの紆余曲折を紹介します。
ひらがなの制作を始めた時、デザインは欧文をベースにしていました。しかし最終的には漢字に寄せていくことでデザインが決まりました。

初期のひらがなは欧文ベース、特にイタリックの欧文を見ていました。欧文的な要素として、線の抑揚が強めで、起筆終筆を丸くしています。イタリックに合わせるため少し右に傾いているのも特徴です。

最終的なデザインでは、漢字とのバランスも意識して線の抑揚や起筆終筆部の丸みを抑えました。フォント全体のデザイン方針も一緒に検討していき、その中で正体の欧文を採用することが決定し、ひらがなも傾きのないデザインになりました。

ひらがな制作では、筆画を繋げたり離したり、長めの横画にS字カーブをつけてみたり、さまざまな試作を見比べて最終的なデザインに辿り着きました。




3つの異なるスクリプトのデザイン調和
欧文・仮名・漢字、3つの異なるスクリプトのデザインをどう調和させるか、まずは定石の確認です。大きさは欧文・仮名・漢字の順でだんだん大きく、ストロークの太さは欧文・仮名・漢字の順でだんだん細くします。こうすることで画数の少ない欧文から画数の多い漢字まで、全体の黒みが揃って見えるようになります。
どのくらいの大きさ・太さがちょうど良いかはやってみないとわかりません。TPアプリコットでも、数パーセント刻みで資料を作って良い見え方を模索しました。


漢字デザインの課題としてもあげましたが、TPアプリコットでは細部の形状にもデザイン調和を工夫する必要がありました。起筆終筆は欧文・仮名・漢字の順でだんだん丸みを抑えるように、ストロークの抑揚も欧文のほうが大きく漢字は控えめにしています。欧文は筆画が混み合わないのでそれぞれの筆画の表現を豊かに、漢字は筆画が混み合ってもくっついたり主張が強くなりすぎないよう一画一画は控えめに、フォント全体でバランスが取れるよう調整しました。



「シズル感」というキーワードから始まり、それを文字のかたちとしてどう表現するかを考えながら、試行錯誤を重ねてきたTPアプリコット。長い時間をかけて向き合ってきたこの書体が、ようやくリリースを迎えました。
タイププロジェクトのWebサイトでは「毛筆・カリグラフィック」のカテゴリに分類されていますが、制作者である私たちは、この書体は特定のジャンルに当てはめられるものではなく、独自の個性を持った存在だと捉えています。
制作中も、既存の枠組みに寄せることより、この書体ならではのイメージや表現を追求することを大切にしてきました。「本当にこれでいいのか」と悩む場面も多々ありましたが、リリース後に書体を見た方々から「美味しそう」「かわいい」「読みやすい」といった声をいただいたときには、素直に嬉しい気持ちになりました。
これからTPアプリコットがどんな場面で、どんな使われ方をしていくのか、作り手としてもとても楽しみにしています。さまざまな表情を持つこの書体が、多くの方に長く愛される存在になるよう願っています。
この開発ストーリーでは、制作過程でのさまざまな工夫や試行錯誤を、デザイナーの視点から紹介してきました。まだまだお伝えしたい話はたくさんあります。ここで語りきれなかった内容は、開発の裏話としてスタッフブログで今後ご紹介していく予定ですので、ぜひそちらものぞいてみてください。