都市フォントプロジェクト 東京

はじめに

タイププロジェクトが次世代ディスプレイ用のフォント開発に着手したのは、2006年のことです。2010年に都市フォント構想を発表したあと、「デジタルサイネージ時代におけるサインシステム用フォント」という、より具体的な用途目標を設定しました。

そして2015年、グラフィックデザイナーの色部義昭氏から「新しい街区表示板を提案するにあたって、都市フォント構想を背景にしたフォントを提供してほしい」という要望が舞い込んだのです。

そこでわれわれは、開発を進めていたサインシステム用フォントをベースに、東京の街区表示用の書体制作に着手することにしました。「100年残る仕事として考えたい」と語る色部氏は、銀座地区の公共サインの実証実験をおこなうなど、日本のサインシステムに解決すべき課題とデザインの役割を見いだしていました。両者の問題意識が「東京×サイン」という構図で重なったわけです。

銀座地区公共サイン実証実験

AD: 色部義昭
D: 植松晶子
Web Design: 株式会社スナップ(横内 善男、 島田岳史、渡辺 浩史)
P: 青木 大
CL: 中央区役所 都市整備部 都市計画課
マーク、ロゴ、リーフレット、サイン計画
2012

都市フォント構想は、都市独自のフォントをコミュニケーションツールとして活用することで、 都市のアイデンティティを強化しようという試みです。都市の分かりやすさを促進するだけでなく、その地域が培ってきた固有の文化を文字のデザインにとりこみ、都市らしさを醸成することを目的としています。

都市フォントを開発し、建築・空間・サイン・カタログ・名刺などさまざまな媒体で活用することで、都市のイメージに一貫性をもたらします。市民の利便性を高めるだけでなく、訪問者の印象を強め、都市の長期的な価値向上に貢献します。都市フォントの要所は以下の三点です。

  • ・ 文化的価値 地域の特色をとりいれたフォント開発
  • ・ 社会的価値 都市のアイデンティティを強化するフォント活用
  • ・ 経済的価値 分かりやすくて一貫性のある長期的なフォント運用

都市フォントの展開例(イメージ図)
多種多様な情報媒体を固有のフォントで貫くことで都市のアイデンティティを明確にするとともに、統合的にフォントを運用することで都市情報にまとまりと分かりやすさをもたらす。

街区表示用のフォント

街区表示板とは、街なかでよく見かける、所在地の記されたプレートのことです。雨風にさらされて古びた街区表示板にある種の味わいを読みとることは可能ですが、現在使われているものは街区名の表記方法やフォーマットがまちまちで統一性に欠けています。

色部氏が提案した街区表示板の最大の特徴は、和欧併記を前提とした点にあります。2020年までに訪日客数2000万人を目標にかかげる日本にとって、街区表示板という「無言の案内人」が果たす役割は小さくないでしょう。

初期段階の街区表示板デザイン
フォント:AXIS Font Regular

スマートフォン全盛の時代に街区表示板は必要なのかという疑問を抱く人もいるかもしれません。しかし、物としてそこにあり続ける街区表示板には、いざというときの安心感があります。一方、街のそこかしこにあるということは、都市景観の騒がしさを助長するおそれがあります。街区表示板の理想的な姿とはどのようなものでしょうか。

まずわれわれは、サインシステム用に開発していた書体をベースに、字面の大きさ・字画の太さ・字幅・縦横画の太さの比率・筆画の強弱など、書体のさまざまな属性を微細に調整しながら検討と試作を繰りかえしました。

東京シティフォント

われわれはこの書体を「東京シティフォント」と名づけました。「分かりやすさ」という機能に加えて重視したのは、都市固有の歴史と地域性を表現することです。多くの人に受け入れてもらうためには、実用性の高さを備えているだけでなく、その地域の居住者が愛着をもち、訪問者の関心をひく書体であることが望ましいからです。

「東京らしさ」について語りだせば議論百出、ひとつに絞るのは至難のわざでしょう。まずわれわれは、具体的な課題として取り組んでいる街区表示板を「街々の表札」と位置づけました。地名は、土地の来歴を示すサイン=しるしそのものです。そして、現代および将来の東京を書体表現の中心におきながらも、どこかに江戸の伝統を感じさせる痕跡を残したいと考えました。

左 日本橋「吉野鮨」の握り
中 日本橋「利久庵」のもりそば
右 日本橋「利久庵」の天ぷら

「日本橋」の文字は、江戸幕府15代将軍 徳川慶喜の揮毫。初代の日本橋が架橋されたのは1603年、現在の日本橋は1911年に建造された。日本橋は全国街道の一里塚の起点でもある。

そのアプローチを一歩進めて、東京と江戸を結ぶ概念を「意気/粋」に求め、歴史の連続性と地域の独自性をそなえた書体を目指すことにしました。予想以上に共通項が多いのにおどろくと同時に東京に残る江戸の粋というテーマにデザインの可能性を感じています。

さらに、東京と江戸に共通する性質を、書体の属性に置き換えてみました。江戸―東京の美意識は、長い時間をかけて生活様式をかたちづくってきたはずで、そこから書体の様式を導くという方法は、思いのほかうまくいきました。

江戸ッ子と東京人に通じる気質

  • さっぱりしている「江戸前/簡素」
  • てきぱきしている「ちゃきちゃき/身軽」
  • あか抜けている「いき/洗練」
  • 活き活きしている「いなせ/快活」

東京シティフォントのスタイル

  • 飾りのない「サンセリフ」
  • 軽めの「ライトウエイト」
  • 細身の「コンデンス」
  • 抑揚のある「ストローク」

東京シティフォントと街区表示板
プレートデザイン:色部デザイン研究室
書体デザイン:タイププロジェクト株式会社

小さい文字は画線が弱く見えるので区名用の東京シティフォントは15%ほど太い仕様に設定した。漢字は90%の長体で設計をおこなっている。
上は東京シティフォント スモール。下は東京シティフォント ラージ。

新提案の街区表示版(イメージ図)

むすび

文字は、書体という姿をもってその時代をあらわします。書体デザインとは、それまでの時代の様式を受け継ぎながらも、文字に新たな息吹を与える営為にほかなりません。「100年残る仕事」という色部氏の言葉は、現代グラフィックデザインの常識で考えれば、非現実的なひびきを帯びます。しかし、漢字の歩みをふりかえれば、100年という長さは決して荒唐無稽なものではありません。この街区表示板と東京シティフォントの取り組みが、長期的なデザインを考えるきっかけになることを願っています。

東京シティフォントは、2015 年9月2日(水)より ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催される、色部義昭氏の個展で公開します。

タイププロジェクトが取り組んでいる都市フォントの事例

名古屋「金シャチフォント」
横浜「濱明朝体」

世界の都市フォント事例

Bristol England
Southampton England
Berlin Germany

Thanks
Bristol’s photo by rbrwr
Southampton’s photo by garybembridge
Berlin’s Photo by seier+seier+seier

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