インタビュー with takram design engineering 代表 田川欣哉

文字はどこまでも生き残る

携帯電話におけるフォント革命

NTTドコモが、携帯電話に搭載する文字を一新する。その第1弾が、2008年11月に発売されたシャープ製「SH-01A」だ。デフォルトとして新たに加えられた書体はAXIS Font。美しいユーザーインターフェースをつくるには美しいフォントが不可欠だと考えたtakramの田川欣哉氏と、AXIS Fontを携帯電話向けにリファインしたタイプデザイナーの鈴木 功氏が、手のひら上の文字の未来を占う。

画面の8割は文字

携帯電話の画面上で、複数のアプリケーションが稼働するプラットフォームをつくりたい。田川欣哉氏がそんなNTTドコモの要望に応じてユーザーインターフェースの開発を始めたのは数年前のこと。プロトタイプの画面表示用書体として、田川氏は自分の好みから何気なくAXIS Fontを使っていた。ところが製品化に際して、書体を既存のビットマップ・フォントに置き換えたとき、デザインのクオリティが大きく損なわれていることに驚いたのだという。

田川氏は考えた。携帯電話画面上におけるデザイン構成要素の8割は文字。その文字を置き去りにして他の部分をいくらきれいにしたところで、面積でいえばせいぜい2割程度の貢献しかない。携帯電話という製品の完成度を高めるのに、いちばん近道なのは画面の文字を美しくすることではないのだろうか。

新しいインターフェースにふさわしい文字を搭載しよう。田川氏は、WOWの鹿野 護氏らデザインプロジェクトのメンバーとともに、NTTドコモのプロジェクト関係者たちに熱弁した。

「この小さな画面を、銀座の一等地だと想像しましょう。ここでビジネスをする以上、その要素である1文字1文字には重要な価値が備わっているはずです。表示可能な文字数が増えたり、美しさや読みやすさが洗練されれば、携帯電話の価値は大きく向上するのではないでしょうか」。

書物を読むとき、私たちはそこに使用されている書体や文字組みからブランドイメージを感知している。朝日新聞と読売新聞、岩波文庫と新潮文庫では、それぞれ”立ち上がる香り”が異なるのだ。そこでドコモらしさとは何かを議論した田川氏や鹿野氏らは、「オーセンティックで、かつテクノロジーの先駆者」であるというイメージに合致する書体選びに取りかかった。新書体を開発するという選択肢も、この段階ではあったという。

文字は普遍的な資産であると主張する田川欣哉氏。「できるのにやっていないことが気になる」というエンジニア的視点と、「美しいものには単純に感動する」というアーティスト的視点で、さまざまな制約を逆手に取った新発想のデザインを生み出している。

「AXIS Fontは、ひとりの書体作家により雑誌の専用書体としてつくられたという『志の高さ』が際立っていました。また携帯電話開発のような大事業では、それぞれのステージを担当するクリエイター全員に最良の仕事をしてもらうための環境が必要です。前提となるデザイン要素として良質の統一フォントのようなものがあれば、雰囲気に合ったものが出てきやすい。そのようにクリエイターやエンジニアのモチベーションを刺激してくれる書体は、AXIS Fontしかないだろうという話になったのです」。

NTTドコモはこれまでもフォントに関するいくつかの試みを行ってきたが、いずれも端末メーカーと個別に行ったものだった。それが今回はNTTドコモが自社でサービスとGUIを含むアプリケーションを開発し、端末メーカー各社に採用してもらうという、より主導権の強い開発形態にシフトしている。キャリア側が搭載書体を自らの問題として認識したことも、彼らの素早い決断を促したようだ。

文字はもっと小さくできる

試作機の段階では、AXIS Fontのコンデンス(長体)も一部に使用されていた。なるべく多くの情報を読みやすく表示するという目的において、コンデンスには明らかな利点がある。これが標準として普及したとき、現在多用されている半角カタカナは衰退に向かうだろう。

先端技術の進歩に気を配りながら、変わるものと変わらないものを見極める。田川氏はそのようにしてできる限り具体的な未来予想図を描く。「携帯電話の未来にどこまでも寄り添う不変の条件、それは僕らの手のひらの大きさです。この制約があることで、携帯電話の横幅は今よりさほど大きくならないでしょう。すなわち液晶画面の進歩は、画面の大きさではなく高精細化で示されることになります」。

事実、携帯電話の画素数はここ2年で約4倍に向上している。さらに画面の高精細化が進めば、それだけ文字を小さく鮮明に表示できるようになる。田川氏は文字の大きさがズーミングで自在に変えられるようなインターフェースを構想している。 「携帯電話で使われる文字はどんどん印刷物のクオリティに近づいていきます。文字は写真以上に液晶の高精細化を促す要因なので、液晶の進化とフォントへの関心の高まりは、とても相性がいい話題なのです」。

書体をブランドイメージに通じる経営資産と位置づけ、その運用法を議論する。このようにして世の中の文字を少しずつ美しくしていくことの意義は、何十年も先を見据えた文化的議論のなかで語られるべきテーマだと田川氏は信じている。「2009年からNTTドコモが発表する携帯電話の多くに、AXIS Fontが搭載される予定です。現代の子供たちにとって、携帯電話からインプットされる文字情報の量は、紙に印刷されたそれと比較しても、かなり多いのではないかと思います。利用者に日本語を大切に感じてもらえるような環境を提供するのも、ものづくりに関わる人間の責務だと思っています」

これまでにない緩やかさ

今回シャープ製SH-01AやSH-04A(09年2月発売)に搭載されたのは、AXIS Fontの等幅アウトラインおよびビットマップ版である。当初、田川氏が制作したプロトタイプの画面の一部には、AXIS Fontの長体バージョンである「コンデンス」が使われていた。そのコンデンスが搭載に至らなかったのは、文字詰めを適切に制御するラスタライザの開発が困難であったためだという。今後の課題は、文字幅や字詰めの最適化にある。

シャープ製SH-01A。メールの文面はもちろん、メニュー画面にも全面的に採用され、これまでにないすっきりとした読み心地が製品のイメージづくりにも寄与している。

AXIS Fontは、他の書体よりも字面がやや小さめにつくられている。携帯電話の画面上で眺めてみると、同じ字詰めでもゆったりと文字を読ませてくれるのが印象的だ。逆に今までの携帯電話の文字が、いかに窮屈に表示されていたのかがわかる。技術上の問題から文字が読めないというトラブルを回避するため、端末メーカーは大きめの文字をぎっしりと詰め込む安全策をとってきた。しかし今後、画面が高精細化を辿れば、細くすっきりとした書体が好まれる可能性は高い。小さくなるほど読みやすさが際立つのもAXIS Fontの特長である。

AXIS Fontの作者であるタイプデザイナーの鈴木 功氏は、今回のプロジェクトのためにAXIS Fontを携帯電話の環境に合わせて調整した。全文字のアウトラインデータ、合計7サイズのビットマップデータ、さらには282グリフの絵文字を今回新たに作成している。行間が狭い画面上でのオーバーラップを防ぐため、欧文のpやyなどがベースライン下へ飛び出し過ぎないよう細部のデザインも調整済みだ。

「AXIS Fontらしい、ゆったり感やすっきり感が表現できていると思いました。制作期間は3カ月でしたが、もっと時間があれば、『携帯電話らしさ』や『ドコモらしさ』にも踏み込みたかった。次のステップがあるのなら、コンデンスを中心としたカスタマイズにぜひ取り組みたいですね」。もともと本誌のためのフォントとして開発されたAXIS Fontだが、コンデンス書体、コンプレス書体といった長体のファミリーには、デジタル世代の新しい需要も見込んでいたと鈴木氏は語る。

鈴木 功氏が注目しているのは、韓国の携帯電話用書体。標準フォントに飽き足りないユーザー数百万人が、月額数百円でお気に入りの書体をダウンロードして楽しんでいるという。「日本でも、携帯用のフォントを自在にカスタマイズできるようになると 面白いですね」。

世の中の文字が変わる契機

長体フォントが採用された後には、さらに次の段階もある。書体作家としての鈴木氏の目標の1つは、「プロポーショナル・フォント」の有効性を小型液晶デバイス上で認識させることだ。固定の文字幅をいったん解放し、それぞれの文字にふさわしい幅を与えることで、漢字、仮名、欧文、数字が混在したテキストを自然に読ませるのがプロポーショナル・フォントの利点。これは「省スペースで読みやすく」という携帯端末の方向性にもぴたりと合致している。AXIS Fontは横組みを前提としたフォントなので、プロポーショナル化への道は比較的容易いだろう。

AXIS Fontに限らず、携帯電話の文字はもっと多様でもいい というのが鈴木氏の考えだ。曰く、文字の開発には2つの方向性がある。1つは大多数を対象にした標準フォント。もう1つはさまざまなニーズに合わせた専用書体だ。好きな書体をユーザーが自由にダウンロードして使用する時代が来るのも、そう遠くはないかもしれない。

「年齢や視力、読書体験によって文字の捉え方は違います。標準という言葉に反発を感じる人も少なくない。例えば、60歳代以降に最適な書体など、明確なターゲットに向けた携帯端末用書体が生まれてくれば文字の世界はさらに広がるでしょう」。

携帯電話の画面の文字が変わることで、ユーザーの文字に対する審美眼は磨かれる。書体の重要性を認識するクリエイターも増えてくるだろう。文字が手つかずのまま置き去りにされているハイテク機器はまだたくさんある。地デジ対応テレビ、カーナビなど、美しい文字の潜在的な需要は計り知れない。」

(2009年4月号 AXIS誌 文/遠藤 建 写真/ Makoto Fujii)

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