『TPスカイ開発ストーリー』第2回「フォント開発のきっかけと問いかけ」

■まえがき
書体開発の背景分析には客観的な視点が必要ですが、プロジェクトの立ち上げには関係者の強い思いが必要です。『TPスカイ開発ストーリー』の2回目は、フォント開発の契機と動機について書くことにしました。まずは、TPスカイを語るうえで外すことのできない、AXIS Fontのエピソードから入りたいと思います。

TPスカイ開発ストーリー2

■西武鉄道のサインシステム
西武池袋線の駅名表示にAXIS Fontが使われているのを知ったのは5年ほどまえのことです。意外に思われるかもしれませんが、フォントを使っている人から、あなたがつくったフォントをこんなふうに使いましたよと連絡がくることはまずありません。フォントが使われているのをぐうぜん見かけて知るのがほとんどです。フォントを選んだ人を特定するのはむずかしく、西武鉄道にAXIS Fontが導入された経緯も調べてみましたが、まだ有効な情報を得られずにいます。

私が西武線で最初にAXIS Fontを見たのは、駅舎のリノベーションを終えた石神井公園駅のサインでした。数年かけて西武鉄道全線の駅に展開されたようです。AXIS Fontは、駅名表示や路線図だけでなく、西武鉄道のブランドコミュニケーション用ポスターにも使われています。ブランディングを意識したフォントの選定と、媒体を超えた活用をおこなっている鉄道会社は、日本ではかなり稀といえます。

西武池袋線沿線で暮らしてきた私にとって、AXIS Fontが導入されたことはとてもうれしい出来事でした。加えて、公共性の高い場所でフォントを観察する機会が格段に増え、新たな発見にもつながりました。開かれた空間に文字が置かれたことで、雑誌で見るときとは違った目線でAXIS Fontを意識するようになったのです。この「開かれた」には2つの意味があります。ひとつは屋外という開かれた空間という意味で、もうひとつは公共に開かれた場所という意味です。いずれもAXIS Fontをデザインしたときの条件とは異なります。

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■雑誌のフォント、駅舎のフォント
雑誌用に設計したAXIS Fontは、主な用途としてテキストを想定しています。小さいサイズで長い文章を組んだときに読みやすい仕様を採用しました。いっぽう駅名表示は、地名という短い文字列を大きなサイズで扱います。雑誌と駅舎ではフォントの使用状況が異なるため、最初は少しとまどいもありました。しかしAXIS Fontは、案内表示の文字としてじゅうぶん役割を果たし、今ではサインシステムの定番フォントの1つとして様々なところで使われています。
肥薩おれんじ鉄道
勝どきビュータワー
としまエコミューゼタウン

西武鉄道サインシステムへの導入をきっかけに、私の問題意識は「案内表示における文字のあり方」に傾きはじめ、しだいにその意識が先鋭化していきました。それは、エクスクルーシブフォント (専用フォント) のアイデアを得たあと、徐々に課題を具体化していった結果、AXIS Fontにたどりついた道すじと似ています。

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■観察と気づき
「案内表示の文字」というテーマにとりつかれて以来、どこへいっても電車の待ち時間に文字を観察するようになりました。観察する対象が重なっていた都市フォント構想を同時期に進めていたのは好都合でした。いまにして思えば、都市フォントとTPスカイは、意識の底でひびきあっていたような気がします。

鉄道で使用される文字には共通の課題がありました。駅名表示に使われているフォントと路線案内図で使われているフォントが違っていたり、車内の案内表示とプラットフォームの案内表示でフォントが異なるなどの矛盾がそこかしこで発生していました。従来から取りざたされているこの状況は、書体デザインで解決できる問題ではありません。

書体デザイナーの視点で気づいたこともあります。それは、ゴシック体に偏重したフォント選びです。判読性の高さでゴシック体を選ぶのは無難ですが、駅名表示で大きく使われる文字を見るにつけ、文字の魅力が足りないのではと感じることが少なくありませんでした。しかるべき判読性を確保した文字が一定以上のサイズで使用されるとき、文字それ自体の魅力が問われるという気づきは、案内表示の文字を考える上で意味のある収穫でした。UDフォントなども使いかたを誤れば、読みやすさと美しさが大きく損なわれます。使用する文字サイズと書体のデザインは、つねに密接な関係にあるのです。

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濱明朝のヘッドラインとディスプレイは、見出しでの使用を前提に横画を極限まで細めている

■問いを立てる
一連の思考過程を経て「必要十分以上の判読性を確保した上で、文字の魅力を上げるにはどうしたらいいのか」という問いを立てました。駅名を表示する文字は単なる識別記号ではなく、各路線のアイデンティティを表現する重要な視覚要素であり、地名を表す表札としての役割を担っています。ここは、都市フォントのアプローチが有効なところですし、利用者の視点で見れば、ローカル鉄道の表情ゆたかな文字にもヒントがありそうです。

案内表示の文字は、日々ユーザーが目にし、長いあいだ使われつづける文字だからこそ、腰をすえて取り組む価値があるはずです。その優れた手本として、2016年に100周年を迎えたロンドンの地下鉄書体Johnston Sansがあります。私は、案内表示の文字を将来に向けた課題として捉え、新しい書体で応えることに意義を見いだしました。

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ロンドン交通博物館のみやげもの。地下鉄書体Johnston Sansのマグネット

第2回「フォント開発のきっかけと問いかけ」は以上です。新たな気づきと問題意識の目覚めから、書体開発をおこなう意義を見いだすまでの過程をたどってみました。次回は、サインシステムとフォントのあり方について書いてみたいと思います。
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